降る雪に願えるなら 9




 車が停まって降ろされたのは立派なホテルや大会社のような高級さを感じさせる地下駐車場だった。
 黒服に左右を固められながらエレベーターへと歩き出す。
 エレベーターのボタンを見ると38や58というボタンまであって千鶴は自分のいる場所は高層ビルの一つだと知った。
 急激な上昇感に耐えてしばらく、目的の階へ着いた。すかさず階数表示を見ると68とある。
 原田や平助の目が覚めたとしても抜け出すことは容易ではなさそうだ。
 高級そうな赤い絨毯の敷かれた廊下を歩いて階に存在する一室へ通された。
 突き当たった壁一面が窓のスイートルームのような部屋で黒服たちは今だ意識のない二人を備え付けの豪華なベッドに横たえた。
 リーダーなのか、黒服たちのうち指示を下していた男が千鶴にこれまた値の張りそうなソファへ着くよう勧める。
「あなた方に危害を加えるつもりはございません。人が揃い次第事情を説明します。それまでここでおくつろぎ下さい」
 危害を加えるつもりも何も、原田たちはもう危害を加えられている。
 疑わしいと千鶴がベッドに寝かされた二人に目をやると黒服が続けた。
「あの方々は少々手荒にしなければお越し頂けないと聞いていましたので。失礼したことはお詫び申し上げます」
 彼は一度頭を下げた後、携帯を取り出し何か連絡を取り出した。
「C班任務完了、B班状況確認、A班の任務遅延確認…ルームサービスの手配を」
 携帯を折りたたむと千鶴に向き直って言う。
「しばらく時間がかかりそうです。簡単な食事を手配したのでご自由にお食べください。扉にロックをかけさせていただきますがこの部屋と続きになっている部屋、洗面所ならば移動していただいて結構です。」
 さらに説明している男とは別の黒服が千鶴の前に一抱えある白い箱を運んできてテーブルにのせた。
「主からです。お会いになる際は是非こちらにお着替え頂く様にと。お気に召さない場合は他も用意しますので申し付け下さい」
 蓋が取られるとそこには淡い桜色の服―ドレスと言って差し支えない―豪奢な一揃いがあった。
「あの…こんなことしてもらう必要ありませんから」
 千鶴が断っても黒服は首を振る。
「ゲストの方の準備が揃い次第、主が晩餐にお招きします。他の方の失礼にもならないようこちらをお召しください」
 残り二人の正装も用意しているらしくベッドのサイドテーブルには「藤堂様」「原田様」と貼られた白い箱が積まれていた。
 ため息をつく千鶴にメイクをよこすから着替えが終わったら室内電話で連絡するよう告げて黒服たちは去っていった。
「はあ…」
 なんなのだろう。
 悪意はない、らしいが。高級ホテルのような所の68階に閉じ込められるなんて。
 それに、斎藤は…時計を見ると六時をとうに過ぎていた。
 せっかくのチャンスだったのに逃してしまった。
 また斎藤が電話をかけて、会う約束をしてくれるだろうか…。
 目が潤み、涙が頬を伝いだす前に千鶴は不安を振り払った。
 広いベッドの端に腰掛ける。
 千鶴を黒服から護ろうとした二人は目を覚まさないが顔色や息におかしなところはない。
 無事であることにほっとしていると平助の手が微かに動く。
「ん…千鶴ぅ?」
「平助君!大丈夫?頭痛いとかない?」
 平助は額を抑えながら身を起こす。ベッドの振動で気づいたのか原田もぼんやりとした顔で起き上がってきた。
「…何が、どうなってんだこりゃ」
 不思議がる原田と平助に千鶴は二人が倒れてからの経緯を話し始めた。

  「C班無事任務完了、B班目標確保」
 ならA班はどうしていると男が問えば黒い服を着込んだエージェントは遠慮がちに答えた。
「それが…目標が武器を手にしてしまいまして」
「あれほど言っていたのにか?」
 男の咎めるような口調に目の前の頭が深々と下げられる。
「バイクにて逃走されましたが捕捉はしております」
「当たり前だ。もう四、五人でも厳しいだろうから十人くらいで二重に囲んでやれ、ここまで事を運んだんだ。絶対逃がすな」
「はっ」
 礼の姿勢を崩さない黒服に男の怒声が飛ぶ。
「お前もそこでそうしている暇があるなら加わって来い。他のお客さんがお待ちかねだ」
「はいっ」
 黒服が去った部屋で男は窓から夜景を見下ろした。
 
「うわ千鶴すっげー可愛いじゃん」
「ありがとう、二人もよく似合ってるよ」
 状況を把握して暇になった三人は主とやらが直々にするらしい事情説明の晩餐に備えて与えられた着替えに袖を通した。
 千鶴用に用意されたものを箱から出せば、胸元が白いのに裾にいくにつれて桜の色に変わる膝丈までのドレスと、濃い赤のミュールが現われた。それらを身に着けヘアメイクとメイクに仕上げを施されればそれなりの時間が経っていて、平助と原田のところに戻る頃には二人も着替えを終えていた。
 千鶴に駆け寄る平助はベージュのスーツ姿で、運ばれてきた酒に舌鼓をうつ原田は薄手の白いシャツに白黒のベストと深緑のスラックスという大人な装いだ。
 三人の服はサイズも、色や雰囲気もよく本人に合っていた。そのことを千鶴が不思議がっているとルームサービスの酒を品定めしていた原田が千鶴に振り向く。
「おおっ見違えたぜ千鶴。もちろん、そんなもん着なくても十分可愛らしいけどな」
「あ…ありがとうございます」
 恥ずかしげもなく言ってのける原田の言葉に照れながら千鶴はソファに腰を下ろした。
「私達…いつ帰してもらえるんだろう…」
 今夜は斎藤に会えないとしても一刻も早く携帯を取り戻して斎藤と連絡を取りたい、千鶴たちをここへ連れてくるよう手配した『主』とやらはいつ三人を解放するのだろうか。
「晩餐とやらが終わったら返す気になるだろ。今考えたって仕方ねぇし、千鶴も食えって、ほら、これなんか油がのってうまそうだ」
 差し出された皿を手にとって千鶴は力なく笑う。
 ふとベッドの奥にある扉の先から音がした。
「今、何か向こうで音が…」
 隣にいる人間がこの件と無関係なら、扉越しに助けを求められるかもしれない。
 千鶴は近づくと期待はしないもののドアノブを回してみた。
 開く。
 わずか開きかけた扉を素早く閉めて千鶴は残る二人を呼んだ。
「原田さん!平助君!このドアは開きます!」
 ドアの前に三人で群がり、そっとノブを回したドアを押してみた。
 間違いない、隣に通じている…。
「「「!!!」」」
 覗きこむ三人の至近距離に同じようにして覗き返す人の顔があった。
 それは――
「新八!?」
「新八っつぁん!!」 
 黒いベストに萌黄色のネクタイを締めた永倉だった。
 目の前、という距離から後ずさって永倉が肩をすくませる。
「なんだぁ、またお前らか」
 原田がそれはこっちの台詞だと永倉の首に腕を回す。
「でも…なんで新八っつぁんが?」
「まーたそれか、俺は新八じゃなくて栄治っつってんだろが。んとにしつけーなぁ」
「お前こそまだそう言うか、いい機会だ思い出させてやる」
「あん?って、うおおおお!」
 高そうな花瓶を高々と上に抱えて永倉の後頭部を見つめる原田がどういうつもりなのかは明白だ。千鶴が慌てて原田の手にすがり付いて止める。
「だめです!!今はそんな場合じゃないでしょう。みんなで協力して無事にここを出なきゃ!」
「…そうだな、そっちは後ですることにするか」
「…後なら、やる気かよ……」
 つぶやく永倉を置いて千鶴たちは永倉のいた部屋へと移った。
 が、この部屋も千鶴たちのいた部屋と大差なかった。廊下へ通じてるだろう扉はビクともしない。他に出口らしいものもなく結局のところ、永倉が増えただけで状況に変化はなかった。
 


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お待たせしました。
なーんか難航した話。
展開は決まっていたけれどみんなの現代な正装が
思いつかなくて。
ほんとにそんな装いが似合うかは不明です。
次はその頃の斎藤さん視点、の予定。