降る雪に願えるなら 8
――翌日。
斎藤からの呼び出しは急な事だったが平助も原田も時間を空け、指定の場所に行くより先に三人で落ち合おうということになった。
千鶴は平助と一緒に学校を出て、制服姿のままファーストフード店でハンバーガーやポテトに手を伸ばしながら原田の到着を待つ。
「待たせたな」
片手を上げて近づく原田を平助が腕組みして見上げる。
「遅いぜ左之さん、待ち合わせに遅れちまう」
「すまねえな、大学生は忙しいんだよ」
「うっそだぁ、そのワリにオレんち居座りに来る回数多すぎじゃん」
「今日は、忙しかったんだよ」
「どーせレポート出し忘れてねじ込みに行ったとか、試験の点数悪くてゴリ押しに行ったとかだったんだろ」
「げ…見てたのか…」
「んなわけないじゃん。しかも図星かよ」
バツ悪そうに笑って原田は千鶴の方を向く。
「千鶴もすまなかったな。大丈夫なのか?夕から外出始めて」
門限の心配をしてくれるあたりが原田らしい。
「はい。今日からしばらく叔父さんは夜勤とかで病院に泊まりこみなんです」
「そっか、でも叔父さんが安心して仕事できるように早く帰さなきゃな」
平助があまったポテトを一気にほおばって店の出口に立つ。
「そろったことだし行こうぜ、もうそんな時間ないし」
席を立った千鶴と原田が平助の後に続いた。
寒い季節は夜の訪れが早い、外に出れば暗くなり始めていた。これから気もつかぬ間に空は黒くなるだろう。
斎藤は思い出したわけではない。なら何が気にかかるというのだろうか。
今回のことをきっかけとして定期的に自分たちと会って、生まれる前という常識では取り戻すことが不可能そうな記憶を得る努力をする気になってくれるだろうか…。
いざ会うとなると不安が募ってくる。
三人並んで歩いているが千鶴は二人より一歩遅れて歩いていた。
それが仇になる。
細い路地をかすめるように歩いていたら何者かが千鶴の腕をつかんで脇道に引っ張り込んだのだ。
「え…っ」
手袋をした手に口を押さえられ、抱え込まれる。
「んーーー!!」
もがきながらくぐもった声を出せば千鶴が引き込まれたことに気がついた平助と原田がやてくる。
「なんだってんだ?」
黒いスーツに黒い手袋。まるでVIPの護衛をするSPみたいな格好をした男が千鶴を腕に捕らえている。
「この野郎、千鶴を放せ!!」
平助の体当たりで黒服男がバランスを崩した隙に千鶴は原田の方へ走った。
「時間が押してる、このままずらかろう」
言って平助は原田の方へ向き直り、千鶴も走るつもりでいた。
しかし黒服男は平助の背後から腕を伸ばして首を押さえ、その口元に何かを当てる。
「う…」
呻き声を残して平助の目は伏せられ、力の抜けた手がだらりと下がる。
「平助!!」
「平助君!!」
呼びかけても返事はなく、黒服の男にその体を抱えられている。
予想外の事態に走り出そうとした足は地面に縫いとめられた。
「てめえ…平助に何しやがる!」
原田が千鶴を背に庇いながら毒づいた。
途端に奥の道に止めてあった黒塗りの車から似たような黒服が二人現われ、平助の体を車へと運びだす。
「おいっ!!平助をどうする気だ!!」
千鶴は槍や剣の変わりになるものはないかとあたりを見回すが、大人がやっとすれ違えるほどしか幅のない路地には空き缶くらいしか落ちてない。
武器なしで三人を相手取り、意識のない平助を救い出す。
このままではこちらの分が悪い。
原田は小刻みに震える千鶴に小さく声をかけた。
「千鶴、平助は俺がどうにかするからお前は逃げろ」
「だって、原田さん…」
そんなのは嫌です。
そう言おうとした千鶴を原田が後ろへ突く。
「ようやく巡ってきた斎藤と会える機会じゃねえか、逃げて、警察に一声かけてから行って来い。なに、平助引っ張ってすぐ追いつくって」
「でも…」
黒服達は待ってはくれない、じりじりと千鶴たちに近寄ってきていて、ついに一人がこちらへ勢いよくかかってくる。
「はっ!!」
伸ばされた黒服の腕を受け流して原田が腹部めがけて拳を当てる。一人目の黒服はその威力に昏倒したが残り二人が原田の前に迫った。
「千鶴!!逃げろ!」
怒鳴られて千鶴は大通りの方を向き走り出そうとした。
しかし千鶴の逃げようとした方からも黒い人影は迫ってきていた。
退路は断たれた。
「原田さん…」
千鶴の進行方向の黒服に気がついた原田はどうにかして三人を倒すべく、千鶴と壁を背にする。
「すぐ片付けっからそこでしゃがんでな」
そう言って原田はにじり寄ってくる黒服の一人に拳を突き出す。避けられるがすかさず足払いで黒服をさらに一人倒した。
残り二人、原田ならどうにかなるかもしれない、そう千鶴が予感したその時、倒れている黒服が懐から黒く、四角い何かを出した。
実物を見るのは初めてだったがそれはスタンガンのようで。
伸ばされる手は死角になっていて原田はまだ気がついていない。
「原田さん!危ない!!」
千鶴の叫びと弾けるような、乾いた音が鳴ったのはほぼ同時だった。
「こな…くそ…」
顔をしかめた原田の体は崩れ落ち、黒服達に抱きとめられる。
「原田さんっ!!!」
千鶴は立ち上がって黒服を精一杯睨み付けた。
「あなたたち、何なんですか!原田さんと平助君を放して下さい!!」
が、ここまで立ち回りを演じた彼らが非力な少女一人に引くわけがなかった。
「貴方にもご同行願おう」
ようやく黒服が口を利いたが千鶴はそれどころではなかった。
原田も奥の車へと運ばれようとしている。
「原田さんに触らないで下さい!!私、行きませんから!!」
「彼らは仕方ないとして貴方にはなるべく手荒な真似をしないよう言われています。共に来ないということは彼らがどうなってもいいのですか?」
「っ…」
もう六時が近い、待ちぼうけさせられたら斎藤はどうするだろう。待っていてくれるのか、そうだとしても斎藤が待ってくれている間に待ち合わせの喫茶に着くことは絶望的だ。
原田さん…ごめんなさい。
でも、原田さんと平助君を見捨てるなんてできない…。
せっかく原田が活路を開いて千鶴を斎藤に会わせようと頑張ってくれたのに、諦めなければならないことを心の中で詫びる。
どのみち、千鶴一人逃げおおせる可能性もない。
それなら彼らが二人を酷く扱わないかしっかり見守っているほうがマシだ。
「わかりました。行きます。でも二人の傍を離れませんから」
その希望は聞き届けられ、携帯と他の持ち物を没収された後で千鶴は二人と一緒に車の後方に乗せられた。
後部座席は高級車の仕様で向かい合って四人が座れるようになっている。運転席とは隔てられていて、窓も塞がれていた。どこを走ってどこへ連れて行かれるかわからない。
三人を待っている斎藤が連絡してきても電話を取ることもできない。
なぜこんなことに巻き込まれることになったのか、この先自分たちはどうなるのか、答えの出ない問いを繰り返しながら千鶴は気を失っている平助と原田の顔を見つめた。
<戻る
続き>
*----------------------------------------
せっかく斎藤さんに会うかと思ったらサスペンス調。
またもや斎藤さん出てないし…
ここまで読んでくれている方なら気が長いと甘えることにして
当初に思いついた流れのままに進めます。