降る雪に願えるなら 5




 原田を先頭に三人は選手控えの裏口前に来た。
「荷物をこのすぐ中で預けたから、出てくるならここだと思うんだが…」
 客席を出てしばらくたつ、そろそろ出てきてもおかしくない頃合だ。
 千鶴は前髪と、くくらないで横に流している髪を何度も整え、平助は周囲をうろうろ徘徊し、原田は植え込みの囲いに座ってはいるが何度も足を踏み鳴らす。
 落ち着けない三人は今かと控え裏口が開くのを待っていた。
 しかし、平助と原田が急に動きを止める。
「平助君、原田さん…」
 原田が千鶴に小声で耳打ちした。
「扉の前に誰か来た。しかも、こちらの様子を探ってる」
 言うが早いか扉は乱暴に開け放たれ、戸が壁に当たって大きな音を立てた。
 そして中から現れたのは、まさしくかつての斎藤一その人だった。
 涼しげな瞳、左だけ長めの前髪は過去のまま、束ねられていた髪がばっさり切られている。それに、当然だが着物ではない。
 黒のレザージャケットにすらっとした黒のパンツを合わせたストイックさを感じさせる出で立ちである。
 千鶴はすっかり見惚れていたが、平助や原田は斎藤の手に持った木刀と物騒な気配に気がついていた。三人をぐるりと眺めてから斎藤が口を開く。
「木刀を借りて正解だったな。賞金なら渡せん、このまま引くなら見逃してやる。去れ」
 斎藤は三人のことを賞金を狙ってきたと考えているらしかった。
 原田が肩をすくめて見せてから反論に入る。
「あのな、斎藤。俺たちはそんなんじゃねぇよ。ただ会って話しに来たんだ」
 眉を上げて斎藤は胡散臭そうに原田を見据える。
「お前は二回戦の奴だな、だが生憎と俺の名は斎藤ではないが?」
「あーそうか、いやだがな斎藤なんだよお前は。俺ら見て思い出さないか?」
「何のことだか、解りかねる。では」
 再び歩き出そうとする斎藤の前に千鶴が立ちはだかった。
「一さんっ」
 斎藤は千鶴を一瞥し、あとは碌に見ようともしなかった。
「あんたに下の名前で呼ばれる覚えはないが」
 淡々としたその声は他人行儀なもので、千鶴は唇をかみ締める。
「じゃあ…山口さん、あの…私、雪村千鶴です。何か思い出していただけないでしょうか?」
「いや、先ほど言ったようにあんたと親しくした覚えはない」
 記憶が戻っていないなら冷たくあしらわれる事も不審な目で見られることもあると思っていた。けれど、思った以上に斎藤から初対面の人間扱いされることは辛く、千鶴は言葉に詰まってしまった。
 見かねた平助が斎藤の隣に立つ。
「何か引っかかりもしない?本当に全く?」
「ああ、何故そうまで執拗に聞く?」
 平助は前世の繋がりを話すか迷った。今の斎藤に前世がらみの話をしたところで怪しまれるだろう。
「もういいだろう、失礼する」
 立ち去ろうとする斎藤の右腕を平助がつかむ。
 斎藤の左腕に握られた木刀が素早く動き、平助の喉の下で止まった。
「これ以上何がある?」
「せめてどこに住んでるか、電話番号でいいから教えてくんない?」
「断る」
「待ってくれって!!あんたにとってそうじゃなくてもこっちは何年もあんたを捜してたんだ。不審がるならそれも仕方ない。けど…このまま見失えない」
「…それで、どうする気だ」
 平助はポケットに入っていたレシートになにやら書き付けると斎藤の手に押し付けた。
「それ、オレの電話番号。何か思い出したりオレ達に連絡する気になったらそこへ」
「………」
「…一つ聞いておこう、俺を捜していたと言ったな。俺の事をどこで知った」
 平助は一呼吸置いた。ここは本当のことを言う気らしい。
「詳しく知ったのは、京で、だな」
「…京都。俺は京都など行ったことはない。……それでは」
 踵を返して立ち去る斎藤に平助は必死な声をかける。
「待ってるから、オレも、この子も。頼むからかけてきてくれ」
 振り返ることもせず、斎藤はそのまま駐車場へと足早に去る。
「……っ」
「おいっ、千鶴?!」
 原田や平助に声をかけることもせず、千鶴は走り出していた。
 息を切らせて駐車場につくと斎藤はすでに黒いメットを被り、黒いスポーツタイプの大型二輪に跨っていた。
 一瞬、メット越しに視線が絡み合う。が、すぐにそれはそらされて、斎藤はそのまま千鶴に声すらかけず走り去った。
立ち尽くす千鶴の後ろから平助と原田が追いついてきた。
「あのバイク斎藤か…。どっかスカしたとこは相変わらずの癖して…全然覚えてないのかよ」
「なあ…千鶴、あいつ…」
「そのまま行ってしまって話もできませんでした…」
 心のどこかで千鶴は斎藤は自分を見れば思い出しはしなくとも何か感じてくれる、そう信じていた。けれどそれはなくて、千鶴からも今の斎藤にかける言葉は見つからなかった。とりすがって見せたところで斎藤は千鶴をより嫌ったことだろう。
「平助君にかかる電話だけが手がかりになってしまいました」
 平助が頬を掻きながらそっぽを向く。
「ああ、あれ渡したの千鶴の番号だから」
「えっ!!」
「記憶がないとはいえ一君だからな。女の子の電話番号なら受け取りそうにないじゃん」
「でも…、それなら一さんからかかってきても私が出たらそれきりになってしまうんじゃないでしょうか…」
「オレが出ても一君と連絡取れるようになるかわからないし、それなら千鶴に任せるよ」
 平助は自分が京で、といったときの斎藤の様子を思い出す。一瞬だったが斎藤の冷静な表情に曇りが生じたていた。戻っていない記憶の何かが斎藤の心にかかっているのだ。
 その手がかりを斎藤が自分たちに求めた時に斎藤を引き込めるか、あるいは繋がりを失うかは千鶴に任されるべきだ。
「ありがとう、平助君」
 ショックで千鶴が何もできないでいたのに手助けしてくれた平助のためにも、はやく、笑顔に戻ろうと千鶴は顔を上げて淡く微笑んだ。
「よくやったぞ、平助」と原田が肩を組んできて平助は思い出す。
「いっけね!新八っつぁん!!!」
「あ……」
 三人とも選手裏口を離れてそれなりの時間がたった。
 永倉は、もう出ているかもしれない。
「とにかく、戻るぞ!」

 裏口に戻って千鶴たちは永倉を探した。しかし中から出てきた別の出場者に尋ねると永倉はすでに出た後だと教えられた。
「手分けして探しましょう!」
 うなずいてそれぞれが会場やその周辺に散る。
 千鶴は会場の表入り口の付近で永倉の姿がないか見渡した。
 人垣が割れた一瞬にバンダナを巻いた頭を見つけて駆け寄る。
「永倉さん!」
 前を行く永倉が千鶴を振り返った。
「おやっ…」
「永倉さん、覚えていますか?千鶴です」
 きょとんとした顔をされて千鶴は胸が痛んだ。記憶がなければまた斎藤のように冷たくあしらわれるかもしれない。ところが永倉はニカッと笑って頷いた。
「おう、千鶴ちゃんか。元気か?こんなとこまで俺に会いに来たのか?」
「永倉さん…覚えてるんですか…!」
「千鶴ちゃんみたいな可愛らしい子はそう忘れないって」
「良かった…永倉さん…」
「えっと、テニスサークルの子だっけ」
「は…」
「あ、違ったか。じゃあスノボ旅行のときの子?」
「あの…覚えてないんですか…新選組のこと」
「ん?なに組みって?」

 覚えて、いないんですね。

 特に訝しがらず千鶴に笑いかけてくるところは永倉らしいが…。
「千鶴ちゃんは俺の戦い見た?良かったら会場の喫茶で何か飲まないか?」
「はあ…」
 捕まえられたのはいいが、それは何か違う気がするとため息をつくと平助が気づいてやってきた。
「なに千鶴を口説いてんだよ新八っつぁん。相変わらず女の子が好きなんだなぁ」
「ってお前だれだ?ガキの癖に生意気言いやがって」
「っへ、精神的には今の新八っつぁんより大人だっての」
 平助に言い返されれば永倉は眉を寄せる。
「…なんだ。その新八っての。勝手に人をおかしな名前で呼ぶな」
 永倉が平助をつかみにかかろうとするがその前に別の人物に肩を抱かれた。
「新八!!」
「どぅわああ!なんだぁ!!てめえもか!人違いしてんじゃねぇ俺は長倉栄治だぁぁ!」
「会えて嬉しいぞ新八〜!」
 抱きついてばんばんと背をたたく原田に永倉は困りきっている様子だった。
「…とう…しろってんだ…」  

 トーナメント会場になったドームの喫茶で三人は永倉を取り囲んでお茶をしていた。
「私たちの事、思い出しそうにないですか…?」
「可愛い女の子の頼みでもこればっかりは…」
 三つのため息が重なる。千鶴や原田はかなり幼いうちから過去の生を思い出した。平助だって二人に会ってあっさり記憶を取り戻した。
 けれど今日会った斎藤や永倉は自分で思い出してもいなければ過去に関わる三人に囲まれてもなんら思い出さぬままだ。
「そりゃないぜ新八、お前の友情はそんなものだったのか?」
「だから、その新八ってのはやめろって」
「お前が自分で改名したんじゃないか!」
「知らねぇよ。ったく」
 このまま引き止めたって状況に変化が出るとは思えない。仕方なく三人は永倉との連絡方法だけでも押さえることにした。
「あのですね、永倉さん。この原田さんは途中で敗退したんですけどかなりの使い手で。できれば日を改めて試合をしていただけないかと言っているんですよ」
 どこをどう解釈すれば「新八〜」の呻きがそうなるのか、永倉はそう言いたそうだったが原田を注視して様子を変える。
「…ひょっとして、優勝した山口に1ブロックで負けてたの、お前か?」
「ええ、そうです。永倉さん見てらしたんですね」
「是非手合わせ願いてぇとこっちも思ってたんだ。よし、いいぜ。日はいつにする」
「こっちから都合のいい日連絡するからアドレス教えてくれ」
 平助の言葉に永倉は了承して三人と永倉は葉互いのメールアドレスと電話番号を交換した。
「その他に何か引っかかることあったら連絡してくれよ」
 平助が念を押して千鶴と喫茶を去ろうとする。
「新八〜早く思い出せよ!」と騒ぐ原田を引っ張って。
 後には永倉一人が残された。
 三人が去ってしばらくしてから騒々しい連中だったな、と思い返す。
 その馬鹿騒ぎぶりが懐かしくもあったが。
 今までの学生生活のどこかと重ねて懐かしくなったと永倉は納得した。
 ふとテーブルの隅に丸められた伝票に目が行く。
「…おい…会計は…俺かよ…?」



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せっかく会えたけど思い出してないから素っ気無い。
それが転生モノの醍醐味と思っているのでこうなってしまいました。
冷ややか過ぎたかな…
無理です、うまいこと操縦できません。


ちょっと、泊まりで旅に出てきます。
そうです、京です。
動機の4割は皆さんお察ししていただけるかと思います。
雨天やその日の気分と湿度と寝起きの悪さによって
取りやめるかも知れませんが