降る雪に願えるなら 4
原田が負けたのは斎藤だった。
その言葉を受けて千鶴と平助は呆然と原田を見つめる。
「負けたからってなに言ってんの左之さん。相手は山口って奴だろ。選手は身分証も提示するんだから山口が斎藤なわけねーだろ」
「お前こそしっかりしろよ平助。俺らは特にしなかったが過去の時代じゃ名前なんていくらでもそうと決めたら改められるモンだった。初めて俺らんとこに訪れたときあいつは斎藤って名乗ってなかったろう?」
「そういやそうだっけ?でもそれ初対面の時だけだろ。覚えてねーよ。後はずっと斎藤だったんだから」
がしがしと髪をかき上げて原田が言う。
「だから、それが山口だったんだよ。行くぞ、あいつが戦ってる姿見たら一発でわかる」
平助と原田は前世でずっと同じ名前を使っていた。そのままの名前で生まれ変わった。
だけど前世で名前を改めたことがある人は新選組時代の名で転生しているとは限らない。
原田の話を要約するとそういうことだった。
山口、今はその名前で生まれ変わってるんですか。一さん。
原田が言うのだから可能性が高い。
千鶴の鼓動が早まる。それは原田に引かれて急いで観客席に戻っているせい、だけではなかった。
観客席に戻るとすでにブロック代表同士の戦いに移っていた。
山口なる選手がいるはずの試合場に目をやる。
試合場と客席はかなり離れている。その上防具を着用しているので千鶴たちには姿から斎藤であるかはやはり判別できなかった。
「タイミング悪いなぁ。今試合が終わったとこみたいだ」
平助が目ざとく何かに気がつく。
「しかもあいつ右で竹刀持ってるぜ?左之さん記憶ボケまくりじゃん。一君は左利きだから」
「いやさ…俺の時は左だったんだよ。なんか、じーっとこっちみてから持ち替えてさ」
疑わしい、と言った目で原田を見つめる平助に千鶴は声を上げる。
「あの人、勝ってます。しかも…次は決勝です…」
「ほらみろ、絶対そうだ。俺が剣を見間違えるはずがねぇ」
絶対の自信を持っている原田と半信半疑な平助は決勝を見て結論を出そうということで落ち着いた。
先ほどの試合が決勝に出る選手を決める最後の試合だったようで、決勝をお待ちください。というアナウンスが流れ、観客席の下の競技場がめまぐるしく整えられる。
十分ほどで競技場から四つに区切られた試合場の痕跡が消え、中央に一つだけ試合場が用意された。
モニターも製薬会社の宣伝が唐突に消え、決勝戦の選手の名前がフルネームで表示される。
山口一 対 長倉栄治
「山口さん、下の名前は一さんです…っ」
興奮する千鶴が原田と平助を振り返ると二人は揃って目を丸くしていた。
「新八…」
「新八っつぁん!!」
「あの…?」
涙声にすら聞こえたので千鶴は驚いて二人に詳しく聞こうとする。
「やったよ千鶴!新八っつぁんなんだよあれ。ちゃんと…いたんだ」
「ひょっとして、永倉さんも改名後の名前だったんですか…?」
原田は目元に当てていた手の甲を離して頷いた。
「もう間違いない、見ろよ」
試合場では長倉が中段の構えに入り、山口も竹刀を持つ手を右から左に変えて脇構えをしている。
開始の合図とともに両者はじりじりと互いの隙を窺い始めた。
会場の視線と声援は決勝を戦う二人にだけ向けられる。
一さんだ。分かる、一さんの動きだ。
山口の立ち居振る舞いはかつて千鶴が間近で見つめ続けていたものと同じだった。
やっと、見つけることができましたよ…。
探していた。戦の始まりに離れて以来。大阪で江戸で、会津で、蝦夷で。時代を超えて通り過ぎたいくつもの街角で。
防具で顔すら見えない、けれどうれしくて。目にすることができた斎藤の姿が溢れた涙でぼやけた。
一方、原田と平助はこれは面白い一戦だと語り合いながら決勝戦を見ていた。
「なあ左之さん、あの二人…たぶん全然記憶ないぜ…」
「だな、二人とも初めての相手に予想外に食らい付かれて大興奮、てなところか。いいなそれも、新鮮で。俺も思い出す前に誰かと試合してみたかったな」
「一君誘ってるなあ、もし真剣だったら居合い出すんだろうけど」
「居合いがなくてもあいつの身のこなしは精密機械なみだからなぁ。無敵の剣、名づけたの新八だけど」
「おっ新八っつぁん行ったぜ!いくらあの構えでも一君は隙ないから仕掛けるのは辛いなあ」
斎藤、永倉が見つかったことの喜びも手伝って平助と原田は決勝戦を見ながら剣術談義に花を咲かせる。
試合場では長い緊張を破って永倉が斎藤に一太刀を浴びせた。が、斎藤は斜め下に構えていた竹刀をすばやく引き上げ受け止める。
そのまま竹刀を交わらせる二人だったが永倉が力で押し切り斎藤の竹刀を跳ね上げた。がら空きになった胴を狙って永倉の竹刀が伸びるがそれは空をよぎるだけであった。斎藤は竹刀が跳ね上げられたと同時に後ろに跳び退っており、翻るように身をねじって永倉の体に竹刀を打ちつける。
ぱあんっ、と乾いた音がして一本が決まった。
「いい勝負だったなあ!新八っつぁんが一君の反応の速さを覚えてたらもう一波乱あったんだけど」
平助は組んだ腕を頭の後ろに回して笑った。
「それよりも原田さん、平助君、一さんと永倉さんを捕まえないと!また振り出しに戻ってしまいますよ!!」
「いけねぇや、俺らあいつらの住所も電話番号もわからないままだしな。よし、顔見せに行こうぜ」
競技場では表彰と賞金の授与が行われていたが三人はそれどころではないと観客席の出口へ向いた。
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ついに斎藤さん出てきたような、でもろくに会話すらしてないからまだのような…。
改名前の名前は一応史実より。幼名は採用するけれど諱はナシにしました。