降る雪に願えるなら 3
日曜日。
千鶴と平助、原田の三人はトーナメントの行われる会場の前に来ていた。
三人の住む街から電車にのって一時間、トーナメントのための送迎バスに乗ること30分。人里から離れた辺鄙な土地に突如、県体育館並みの立派なドームが現れる。
「なあ、左之さん。ちょっと…すごくね?」
「ああ、…こいつは…道楽がすぎるな。でも賞金も出るくらいだし、なあ」
どこかで前評判が広まっていたらしく、会場の前は混雑していた。
観戦の場合も入場料をとるらしく、出場者入り口と観戦者入り口がある。
「じゃあ、私は観戦席で二人を応援しますから」
と千鶴は一人観戦用の列に並ぶ。
千鶴が離れた後、原田が平助を肘でついた。
「おい」
「んだよ左之さん、肘入れんなよ」
「千鶴をなんとしても立ち直らせるぞ。斎藤が見つかんなくても、ほれ、賞金ぶんどって旅行と、他にもなんかするぞ」
「…左之さん…。最っ高だぜ!よし、京都でまた腹踊り見せてくれよっ。なっ」
「馬鹿、今生じゃまだ腹切ってねえんだ。傷なんかあるかい」
「えー、オレ黒子とかそのまんまの位置にあるぜ?ちょっと見せてくれよ」
「うわっ、大馬鹿野郎。今は並んでるんだ服めくるんじゃねぇ!」
観戦者列から千鶴はにぎやかな平助と原田を見つめていた。
二人がいなければ千鶴はこの日曜部屋で泣きじゃくっていたことだろう。
昨日さんざん打ちのめされたのに、それでも希望を捨てられず、特別なおしゃれはしないものの髪はトレードマークのポニーテールに結んでいた。
観戦だけでも人数が多く、千鶴の番まで時間がかかる。
あと数人で入場できる、というときに平助がとぼとぼと歩いてきた。
「千鶴、悪い入れてくれる?」
「えっ?平助君、出場しないの?」
尋ねると平助は不機嫌全開の顔で千鶴を見た。
「参加は18歳以上なんだと!身分証明証見せるとこでつまみ出された。数ヶ月も変わんねぇのに」
あんなに楽しみにしていたのに、と言いかけた口を千鶴はあわてて押さえて別のことを言う。
「…残念だけど。大丈夫、原田さんが優勝してきてくれるよ」
「けっ、旅行だけじゃなく酒も奢ってもらわなくちゃな」
不承不承、といった感の平助とともに千鶴はドームへ入る、中は立派なスタジアムで客席とそれに囲まれた競技場があった。競技場は四つの区画に区切られ、それぞれに試合場として四角い土台が設置されている。
千鶴たち二人は複数ある試合場のすべてが満遍なく見える位置の席に座った。
「試合はいつから始まるのかしら」
「まだまだだよ。出場者の登録だけでも終わってないし。全員競技場で戦わせてたらラチがあかないから別棟いくつも使って予選するんだってさ」
それではまだかなりの時間を待つことになるだろう。人気の割りに席に座る人がまばらなはずだった。
時間つぶしに千鶴は受付でもらったパンフレットを見る。
会場のドームを背景に筆を使ったような文字で
武芸トーナメント BUSHI
と印刷されていた。
開くと会場の案内図、大体のタイムスケジュールのほかに試合の形式とルールや会場内のルールが書かれていた。
「見て、平助君。ここの会場内のルールとか試合形式、ちょっと変わってる」
平助は渡されたパンフに目を落とす。
そこにはこう書かれていた。
会場内規定
暴力・器物損害を行わない。
指定以外の場所へ入らない。
勝手な賭博を行わない。
試合以外での立ち合いを行わない。
条項に背く者は出場観戦区別なく即刻退場
試合形式
防具着用
使用武器は当方貸出の中から選択可能(試合ごとの取替え可)
時間無制限一本勝負
棄権の場合即刻退場(観戦不可)
「本当だ…変わってる」
剣道の試合ではなく武芸大会な所以がここにあった。
「きっと、この大会。時代劇好きなじーさんが刺激が欲しくて開催したんだ。絶対そうだ」
やっぱ参加したかったと平助がぼやいていると競技場の前にある巨大なモニターが点灯した。
点灯して最初に写ったのはこのイベントの協賛の会社や剣術道場のコマーシャルだったが。
「はーやく始まんねえかな」
「でも、もうすぐなんじゃないかしら。席も埋まってきたし」
千鶴が平助の退屈を紛らわそうとしているとモニターに込み入ったトーナメント表が映し出された。
「出たぞ!千鶴っ!!左之さんは…いやそれよりも」
千鶴も平助の言いたいことは分かった。
一君は、他のみんなは…
出場しているなら、予選を通ってきっとここに名前がある。
声を出すことすらせず千鶴は一心にモニターに映る線と名を目で追った。
「あっ、左之さん第一ブロックだ。千鶴、おい千鶴」
「平助君、第四ブロックに、斉藤という文字があります」
「え、どこどこ」
名前を見つけて平助も固まった。
探しているのは「斎」藤モニターに出ている文字は「斉」藤。
斎藤が斉藤として転生しているだろうか。
「う…うーん。モニターだから略して表示されてんのかも。チェックは、しよう。な?」
モニターには苗字だけで名前の表記はない。
第四ブロックでの斉藤の試合を見てみないことにはなんともいえない状態だった。
また、他の隊士の名も探す。
近藤、土方、沖田、永倉…。
「ない…ですね」
「うん…ないな」
残念なことに「斉」藤以外の収穫はなかった。
「左之さんの対戦相手は…と一回戦が桑田で二回戦が河合か山口の勝ったほう三回戦じゃ野口、藤原…」
平助は早い段階で原田に当たる可能性のある出場者の苗字を読み上げていく。
「うん、公式大会で有名な奴とは決勝近くまで当たりそうにないな」
原田は部活の上下関係を嫌って剣道部には所属しなかった。そのため部活で参加する公式試合には出ることができなかった。
原田のような公式の大会で無名の強者はいるだろうがはっきり強い、と分かっている人間にしばらく当たらないことを安堵する。
トーナメント表を食い入るように見つめている間に順の早い選手が入場しだし、第一ブロックの二番目に試合がある原田も黒い剣道用の防具に身を包んで待機していた。
「あれ、原田さん槍じゃないみたいですね」
「うーん、この程度の相手じゃ左之さんに槍を持たせたら試合にすらならないだろうしな。少しは楽しむため竹刀にしたんじゃね」
確かに、始まった原田の試合は原田が剣をつかっても相手が子供扱いの展開だった。
本来ならここで他の転生した隊士と槍で試合うつもりだったんだろうな。
槍で本気出して試合うのは仲間との再会にとっておく。
そんな原田の心の声が聞こえたような気がして千鶴は切なくなった。
原田も、平助も自分たち以外の仲間の生まれ変わりを激しく求めている。
かつて動乱で失った関係を取り戻したいと切望していたのだ。
第四ブロック、「斉」藤の試合。原田の戦いぶりに心配はいらないことが分かった千鶴と平助は四ブロック用の試合場に注目した。
現れた選手は防具を身につけているのでだいたいの背格好しか分からない。
「始まるぞ…」
「はい…」
二人は固唾をのんで試合だけに集中する。
斉藤の戦いの一挙一動を逃さず捉えて、判断を下すのだ。
斉藤が竹刀を手にする。その手は、右手だった。
挙句、始まってすぐに相手に一太刀食らって初戦の相手に敗退した。
「…またはずれかよぉ」
言ってから平助はまずい一言だったと気がついた。
千鶴は、どんなにつらいだろう。
横に座る千鶴はひざの上に組んだ手に視線をおとしている。
マジでヤバイ!!千鶴泣きそうだよ。
困り果てた平助は千鶴の気を必死でそらそうとする。
「そうだ左之さん!二回戦終わってもう三回の相手も決まってるよ!さーて誰かなあ!」
千鶴の興味を引こうと必死で声に抑揚をつけてモニターに映る表を読み上げにかかった平助だがその口から出たのは三回戦の相手の名ではなかった。
「えっ…」
千鶴は息を詰まらせ沈黙する平助を覗き込む。
だが平助は放心したかのようにモニターだけを見つめ、千鶴のほうを向かない。
「…平助君、どうしたの?」
「…左之さんが、負けてる」
信じられない一言だった。原田も人間だから誰かに敗北することはあるだろう。しかし原田を負かす者が二回戦で現れるとは夢にも思わないことだった。
モニターはたしかに原田の敗北を示している。
「左之さん、よっぽど油断したな…、行くぞ千鶴。左之さんをとっちめてやる」
「ちょ、ちょっと平助君」
選手のいる控えに行こうと平助はずんずん観客席の出口まで突き進んだ。
「来ると思ったぜ」
平助と千鶴の二人はロビーで観戦に移ろうとした原田と顔をあわせた。
「おいおい左之さん。二回戦敗退ってどーゆーことだよ。納得いく説明してくれよ」
詰め寄る平助に原田は目を丸くした。
「ってお前ら、見てなかったのか」
「ごめんなさい、ちょっと気になる試合があったんです」
「見てたから来たと思ったら…そうか、そりゃ不審に思うわな。でもなーありゃ仕方ないぜ」
「だーかーら、説明しろっての。俺たちの旅行パーにしちゃってさ。なんだよ。公式の強豪もまだいんのに二回戦で無名の奴に負けちゃってさ」
原田は真剣な面持ちで二人を見た。
それから次第を説明する端的な一言を放つのだった。
第一ブロック、原田の二回戦目。
モニターの示す原田の相手は山口とあった。
防具の緩みを確認して原田は試合場の端に立ち、
二回戦の相手を見定める。
得物は竹刀、特に特徴のない相手。原田はそう判断したが相手は原田に何らかの評価を下したらしい。
右手に持っていた竹刀を左手に持ち替えるということをした。
なんだ…
歴戦練磨の原田の胸にざわめきが広がる。
その正体がつかめぬままに審判が開始の合図を始めようとする。
「第一ブロック、第五試合、原田左之助」
呼ばれて試合場の中に入った原田はますます落ち着かない気分になった。
なんつったかな、こんな気分のこという言葉があったんだが。デンジャラブー?
あー違う違う。
「――――原田左之助対、山口一」
ああ、デジャヴュだ。
前にもこんなことあった、ってやつ。
いつだっけかな。
道場に差し込む光、田畑の香り、少し古い道場。
初めて会った時、あいつはこう言ったんだっけ。
――――お初にお目にかかる。山口一だ。手合わせ願いたい。
あの時、斎藤はそう挨拶してきた。
そして京で再び会った時に言ったのだ。
――――名を斎藤一と改めた。以後斎藤でよろしく頼む。
そうか、そういうことだったのか。
お前かよ。斎藤っ。
長いこと探させやがって。
回想を終えた原田はすぐに臨戦態勢に入った。
試合場の端にいる対戦相手は原田の期待を裏切らず、目にしたことのある構えをとる。
これは…槍にしとくんだったな。
竹刀だというのに、原田はその切っ先に白刃を相手にしているような鋭さを感じた。
「二回戦の相手は、あれは斎藤だ。俺たちは思い違いをしていたらしい」
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続き>
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これでもかってほど文章打ち込んでるのに
偽斎藤とか「斉」藤しか出てきてないのがなんとも
申し開きしがたく…
我慢強い方はもう少しお付き合いください