降る雪に願えるなら 2




 待望の土曜日、千鶴はいつになく念を入れてめかし込んでいた。
 赤と、黒とベージュで構成されたアーガイルのワンピースと黒いハーフコート。
 毛糸でできた草色のチープな花飾りがついた白いマフラー。
 木の実の飾りがついた髪ゴムで定番のポニーテールを結う。
「いってきます!」
 元気良く玄関を出て約束の場所を目指して駆け出した。
 千との待ち合わせは午後からで、千と他の女の子との合流後T高校の男子に会いに行く。
 待ちきれず早めに出た千鶴は自分が一番に着くことになると思っていたが、到着すると千がすでにいた。
「千ちゃん、ずいぶん早く来たんだね」
「ええ、千鶴ちゃんが待ちきれず早めに着くと思って。十分早めに来てみたの、案の定だったわ」
 行動を読まれて照れる千鶴を千が覗き込む。
「そんなに会いたかったの?初恋の君に」
 千は千鶴の『斎藤一という名で剣術をやっている人物が初恋の相手で、小さい頃声もかけられないまま見ることがなくなったけれど今でも思い続けているので探している。』といった説明を信じていた。
 前世の恋人で都合よく名前も容姿もそのまま存在している。ということが自分の妄想ではないと千鶴が信じられたのはそっくりそのまま生まれ変わっている薫や綱道、千に平助原田がいるからなのだが、千に本当のことを言っても取り合ってもらえず、適当な男子を紹介されそうで、都合の合いそうな話をでっち上げるしかなかった。
「ついに千鶴に彼氏ができるなら私も肩の荷が下りるわ。千鶴に紹介してくれって言う話が跡を絶たないから」
「千ちゃんっ!!いきなり彼氏だなんて、そんな」
 斎藤がすでに記憶を取り戻しているならともかく。記憶が戻っていないならまずは定期的に会える立場を得るしかない。
 原田や平助といった新選組の人間は割合あっさり思い出してくれているので時間はかからないと千鶴も予測していたが。
 やがて他の女友達も集まり、千鶴たちはT高生徒との待ち合わせ場所に向かった。
「あ、あそこにいるのがそうよ」
 遠目に目印の像近くに数人の男子が見える。
 一歩、また一歩と踏み出すたびに鼓動が早くなって目が斎藤の姿を捉えるのを待った。
「……千鶴ちゃん、どうしたの?」
「千ちゃん、あの人たちで、全員?」
「うん、そうだけど……って言うってことは…」
 そこに千鶴が追い求めた斎藤の姿はなかった。
「今回のは同姓同名の別人だった…っていうことね」
 小さくごめん、と謝る千に千鶴はいいよと首を振った。
 今までにはなかった例だけど、外見が違うだけで中身は斎藤さんかもしれない。
 確かめなければ、と千鶴は前を見据えた。

 全員でファーストフード店に行き、簡単に飲食しながら自己紹介をした。
 斎藤一、と紹介されたのは少しだけ他の子より鮮やかな茶色に髪を染めた、平凡な顔立ちの男だった。
 場が和んできた頃にさりげなく千鶴の横に席を取る。
「あなたが、斎藤さん。ですね」
「そうだよ、千鶴ちゃんだよね。君の話は聞いてるよ。俺を探してたんだって?」
 断じて違う。
 千鶴にとってのかけがえのない斎藤ではないと千鶴は確信した。
「いえ…ちょっと…誤解があるようで」
 よってくる偽斎藤から距離をとりながら千鶴はやんわり否定した。
 しかし偽斎藤は千鶴を気に入ったのか他の女の子に話にいく気がないようだった。
「なんで?おれこれでも剣道の段持ってて大会にも出るけど、このあたりで剣道やってる斎藤一っておれだけだぜ?」
「ごめんなさい、勘違いだったようです」
 乾いた笑みを浮かべて千鶴は偽斎藤を放って千に話しかけた。

 どうしよう…視線が…痛い…

 軽食を済ませた一行はカラオケボックスに入った。今度は偽斎藤と席が離れたが歌っていると偽斎藤が熱心に千鶴を見つめる。
 たまりかねて千鶴は手洗いに行くと個室を出た。すぐに戻りにくく、けど廊下に立ち尽くすわけにも行かなくてそっと裏口からボックスの外へ出た。
 滅多に人の踏み込まない通りらしい、建築資材の鉄パイプが鈍い輝きを放つ薄暗い隙間だ。
 空いたビールケースを裏返して座ると千鶴の目に涙が浮かんだ。

 会えなかった。今度こそはと思ったのに。

 偽斎藤の顔を思い出すと悔しさが増す。
「一さん…」
 泣きじゃくっていると千鶴が出てきた裏口が中から開いた。
 現れたのは、今一番顔を見たくない偽斎藤だった。
「なに泣いてるの千鶴ちゃん」
「いえ、別に。ちょっと目が痒くて…先、戻りますね」
 このままここで偽斎藤と会話するのが嫌で中に引き返そうとした千鶴を偽斎藤が捕らえて向かいのレンガ壁に押し付けた。
「おれ、千鶴ちゃんが気に入っちゃった。付き合ってくれないかい?」
「い…いやです」
 否といったところで偽斎藤は千鶴を解放しなかった。
「さっさと放してください」
 きっぱり言っても偽斎藤は千鶴に顔を近づけるだけだった。
「やめてください!」
 強く拒否されて偽斎藤もぶっきらぼうに答える。
「いいじゃんか、ものは試しっていうだろ」
 体を押さえつけて偽斎藤は千鶴の胸に手をあてた。そのまま唇を近づけてくる。
「だ…だれかっ、たす…けて…」
 大声を出そうとしたのに、声が震えて出てこない。
「一さん…」
 すがるようにつぶやいた言葉は音になっていなかった。
 偽斎藤の顔と唇が千鶴のそれに迫った時。
 偽斎藤が奥に突き飛ばされた。

 逆光から姿を現したのは平助だった。
「平助君っ!」
「千鶴っ、平気か!!」
 千鶴はすぐに平助に飛びついた。
 胸に飛び込んできた千鶴の背を平助がなぜる。
「平助君…どうしてここに…勉強は…?」
「左之さんに言われてT高の斎藤君のこと調べてたたのさ。そして、そんな生徒T高にはいなかった。代わりにつかんだのが一目ぼれした女の子を友達ごと騙して遊びに連れ出す計画立てた男の話だった、ってわけ」
「え…」
「騙りなんだよ、そこの奴。鈴鹿のリサーチから千鶴が一君を探してることに気づいて利用にかかったんだ。ホント下衆な野郎だぜ」
 騙されていた。それを易々と信じて浮かれて。
 平助が落ち込む千鶴を慰めようと肩に手をかけようとすると、奥から偽斎藤が立ち上がった。手には鉄パイプを持っている。
 剣道の話は本当だったらしく構えの姿勢をとった。他の相手なら突き飛ばされた仕返しを果たせたろうがこの時の偽斎藤の選択は良くなかった。
 むしろ最悪といっていい。
「へえ、やろうっての。ま、そっちにその気がなくてもこっちはやる気満々なんだけど」
 平助も落ちている角材を拾って軽く振る。
 平助にかかれば、鉄と木材のハンデなんて関係なく偽斎藤を殺せるだろう。
「だめ、平助君!!」
 平助は試験を控えている。殺さないにしても暴力沙汰で十分支障が出る。
「とめんなよ千鶴、こいつかお前にしたことときたら…」
 平助が千鶴の方を向いてる隙に、と思ったのか偽斉藤が平助に鉄パイプを振ってきた。
 ガンッ
 強い衝撃音とともに偽斎藤の得物はあっさり弾き飛ばされて奥へ消えていった。
 ひっ、とうめき声を上げる偽斎藤に平助は詰め寄る。
「こんな、奴が。この程度の腕で、一君を騙るなんて…」
 先日の斎藤に会えると語った千鶴の喜びよう、夢にうなされていた時の憔悴のしようが平助の頭をよぎる。
「一君の名前で千鶴を踏みにじったなんてっ…!」
「やめて!平助君!!」
 どうっ、と平助の持つ角材が偽斎藤に振り下ろされる。
 その太刀筋は見事で、偽斎藤の茶色の髪だけをかすめて地についた。
 頭ぎりぎりで角材を振り落とされた偽斎藤は腰を抜かして裏道の地面に転がった。
「平助…君」
「オレって信用ない?こんな奴のために山のような勉強こなした苦労を放るわけないじゃん?」
 言いながら平助は偽斎藤の前に出て足でその体をけり転がす。
「いいか、偽モン。二度と千鶴に近づくなよ。この時代で、相手がオレで、運が良かったんだぜ」
 かつて生きた時代なら。
 見咎めたのが斎藤だったら。
 一君だったら鉄パイプ握る間もなく斬って捨ててたろうぜ。
 最後の一言を飲み込んで、平助は千鶴を促した。
「千鶴、帰ろう」
「え…でも、千ちゃんが…」
「鈴鹿ならメールで事情を話せば分かってくれるさ。ほら行くぞ」
「うん…」
 平助について千鶴は裏道を抜け出した。

 平助の横を歩く千鶴は無言のままだった。
 もう涙の跡もないがかえってその姿は痛々しい。
 せめてもの元気付けに、と平助は明日の話をすることにした。
「千鶴…今日はさ、少しめぐり合わせが悪かったけど。まだ一君に会う可能性はたくさんあるさ。明日だって結構大きいチャンスだと思うんだよ」
 だから、と平助は千鶴に一緒にトーナメントへ行く約束をさせてから雪村家へ送り届けた。千鶴を送った帰りに斎藤のことを考える。
 調べ物探し物が得意な斎藤のことだ。前世の記憶を取り戻したら迅速に行動して千鶴や他の隊士を見つけ出すのではないだろうか。
 困難だとは思うがこちらも熱心に探しているのだ。
 詐欺まがいの情報の他は何もない、ということは。
 
 まだ思い出してもないんだろうなー。全くどこで何やってんだよ一君。
 らしくないぜ、とっとと出てきてくれよ。
 でないと千鶴が可哀想すぎるよ…

 平助はシャープなデザインで銀に光る携帯と取り出すと、原田が明日,、千鶴に今日のことを聞かないよう釘を刺すためのメールを打ち始めた。



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「斎藤を探せ!」が一番最初の題候補だっただけあってなかなか
斎藤さんが出てきません。
斎藤さん目当てで来てくれている方はもうちょっとお待ちください。 なんか藤堂×千鶴チックですがちゃんと斎千話になりますんで
でもちょっと藤堂分岐でも作ろうかと血迷ったり。
次回、ついに一番書きたかった武芸トーナメントbushi編です。