降る雪に願えるなら 1




 その年の初雪を見つめながら千鶴は白いため息を吐いた。

 今年こそ一さんと見ようと思ったのに。
 千鶴は歩道橋から街を見渡した。
 彼もきっとこの平成の世のどこかにいると信じている。
 あきらめずに見つけると千鶴は心に誓っていた。

 私、この年齢の時必ず人を探しているな。と千鶴は自分の記憶を肉体が持っている以上に古い底から引き出し始める。
 かつて、幕末の動乱の中にいた自分。
 出会った人々、成就した想い、果たせなかった未来。

 幼い頃、頻繁に見た江戸時代の夢、繰り返すうちに千鶴は百年以上も昔に生きた自分の全てを思い出したのだ。
 ひょんなことから新選組に居候することになり、徐々に組の人間と打ち解け、世相が揺らぐ京の町で三番隊組長の斎藤と相思相愛の仲になった。
 しかし戊辰の年の初め、屯所が急襲される中、応援を呼びに出た千鶴は新選組と、斎藤と知らずに永別することになる道を歩むこととなった。
 以外な優しさを見せた風間に助けられ離れた新選組を追って東へ、北へと進んだけれど新選組の面々とはすれ違い、追いつけず、生々しさの残る無残な敗北と死の跡を確認するだけの旅となった。
 そして得たのは最愛の人を含めた多くの人の訃報。
 辿り着いた最北の地で絶望に打ちひしがれ千鶴は彼の地を後にした。
 北を去った千鶴が新しい生き方を模索する間もなく、病の影がちらついた。結核だった。鬼の身だった千鶴は怪我がすぐに治る、病にもかかったことがない。けれど決して病に倒れないわけではなかったらしい。
 闘病する気力もなくなっていた千鶴は斎藤が果てた会津の地で生涯を終えた。

 ぼろぼろになった隊旗を抱きしめて泣きじゃくったあの切なさ、無念が消えることなく生まれ変わった。そう千鶴は解釈していた。
 あの生の延長に今の自分の生がある。
 なら叶わなかったものを今度こそ手につかみたい。

 つかめると信じたいのに。
 前世で初めて斎藤に会った年からもう一つ多く年をとった。

 このままじゃ先におばあさんになってしまいますよ一さん…

 見つけ出せていない斎藤の代わりに千鶴は降ってくる雪に語りかけた。

 ふいに携帯電話が振動する。

 千ちゃんからのメールだ。

 千ちゃんこと鈴鹿千。見た目もそのままに千姫だった。ただ前世の記憶が一切なく、千鶴がそれとなく思い出させようとしても記憶の片鱗もないようなので千鶴は現在で出会った友達としての友情を育んでいる。
 千鶴は千からのメールを見る。

千鶴ちゃんへv
一週間後の土曜日一緒にT高の男の子と遊ぶのに参加しない?
ps
探している条件の子がいるらしいよ!
名前、本当同じだし剣道やってるって!!!

 携帯のキーを押す手が止まった。
 記憶がなくても千の世話焼きな性格は相変わらずで千鶴から探し人の条件を聞いて以来、人数の集まる遊びに誘ったり、こうしたリサーチをしてくれていた。
 千鶴も千にメールを打つ。

ありがと!千ちゃん参加するよ。
でも推薦決まったからってこんなことばっかり力入れてちゃダメだよ。
けどすっごくうれしい。

 千鶴も千も成績に不足はなく、同じ大学への推薦合格をとっていた。本来なら浮き立つことの許されないこの時期だがこうして人探しへ割く時間に使うことができる。
 メールでは諫めるようなことを送ったが千には文面以上の感謝の気持ちでいっぱいだった。

 今度こそ会える…
 期待は膨らみ、家の前の通りに着く頃には歩き方も跳ねるようなものになっていた。
「ただいま!」
「おや、今日はえらく元気がいいなあ」
「綱道叔父さんこそ今日は早かったんですね。患者さんが少なかったんですか?」
「今日は先日夜勤を肩代わりしたお返しをしてもらったんだよ、せっかく早くにそろったんだ。後で兄さんの所に電話しようか、お前も薫と話したいだろう?」
「はい、今日は薫に話すことがたくさんあるんです」
 叔父の、前は養父だった綱道と今回も兄妹の薫、 前世で壮絶な仲違いや、争いを繰り広げた二人も生まれ変わってはいるが今は昔のしがらみを覚えていない。
 けれどこの二人にとってはこれがいい。
 今度こそ、鬼だとかや復讐にとりつかれず生きろということなのだ。
 薫は両親の仕事に付き合って外国にいるが双子の兄として、千鶴とは海を越えて頻繁に電話する。
 綱道は父の弟で今回も医者だ。
 穏やかな性格は前世で千鶴を育てていたときと同じで、今も日本に残ると強情を張った千鶴の家にわざわざ移り住み面倒をみると両親に約束してくれた。
 今、頼りがいのある叔父として側にいてくれることは千鶴にとても喜ばしいことだった。


「それでね薫、千ちゃんがずっと探してた人を見つけてくれたの」
「はいはい、わかったよ千鶴。僕や父さん母さんの止めるのを聞かずに残ったのはそいつを探すためなんだから見つかったらそれは嬉しいだろうよ。まったく、原田の兄さんや藤堂まで同じこと言わなけりゃ信じもできない話だよ…。あまり無茶はしないようにね、特に男が絡むときは」
「薫っ」
「千鶴に言っても無理だろうけど期待し過ぎないようにね。兄としては違ってひどく落胆する妹の声は聞くに耐えないんだよ」
「会えます。今度こそ、絶対…」
 言いかけると携帯に着信が入った。続けてメールも入る。
「原田さんだ…すぐ外に出てこいって。ごめん薫、原田さん家の前にいるみたいなの。ちょっと出るね」
「まったく。いるかもわからない前世の恋人より原田の兄さんに恋したら?藤堂でもいいけど。あ、藤堂によろしくいっといて」
 千鶴が言い返す前に通信は切れた。
 切れるが早いか千鶴は簡単な身支度をして滑るように二階の部屋から玄関へと駆けた。

「こんばんは、原田さん」
「よう千鶴、遅くなったけど見せたいものがあってさ」
 じゃん、と自分で効果音をつけて原田が取り出したのは立派なトロフィーだった。黄金に輝くそれは何かしがの頂点をとった証。
「わあ、おめでとうございます。こう言うのももう何十回目かですけれど」
 原田は千鶴の幼いころ四国から越してきた隣の家のおにいちゃんだった。
 もちろん、千鶴と縁の深いあの原田左之助で前世の記憶もばっちりある。
千鶴より四つ上の大学三年生だ。
 武芸達者なのも相変わらずで、槍の方が得意なのになぜか剣道の大会にばかり出て、そのくせ賞を総なめしていた。
「優勝、一番。確かに嬉しいが、どうも張り合いがないねぇ」
「新選組の組長を務めていた人の張り合いになる方が現代にそういるわけないでしょう」
「まあな、でも今もそう捨てたもんじゃないかもしれないぜ?ちょっとおもしろい話を小耳にはさんでな、これを平助に見せながら話そうと思ったんだよ」
「おもしろい…?」
「平助なんて目を輝かせるぜ?だから千鶴、これからちょっとあいつのとこ付き合ってくれよ」
「でも…」
 原田は片手を立てて頼むしぐさをする。
「頼むよ。あいつ勉強が忙しいって千鶴でも居ないことには上がらせる気起こさないだろうからさ」
 夕飯のあと出かけるのは気が引ける。叔父さんが心配するだろう…。
「大丈夫、門限までに俺がエスコートして帰すよ」
「わかりました。一緒に行きます」
 綱道に平助の家へ行くことを説明すると以外にもあっさりOKが出た。親戚のように付き合い信頼のある原田も一緒なためか、門限を過ぎても、原田と藤堂に付き合って泊り込んでもいいとの許しが出た。

 平助と千鶴は中学校で出会った。転入生だった平助は最初こそなにも覚えていなかったが薫と意気投合し、千鶴とも友人になり、原田に絡まれているうち唐突に記憶を取り戻したと語る。今は千鶴と同じ学校へ進み、同じクラスで過ごしていた。
 ついたぜ、と原田がマンションへ首を振る。
 いつ来ても豪勢なマンションだった。
 その最上階のワンフロアが丸々平助の家なのだ。
 今生でも前世と同じ複雑な家庭事情があるらしく、藤堂は中学校でこちらに来て以来、高級マンションに一人で住んでいる。家事は通いのお手伝いさんがやってくれるらしい。
 エントランスに入り、設置されているインターフォンを鳴らす。
 部外者は住人が許可を与えなければ入ることができない。
「こんちは〜平助、早く通してくれよ」
 気の抜けた原田さんの挨拶に平助が応じる。
「なんだぁ、左之さんじゃん。オレべんきょーで忙しいんだけど」
「つれないこと言うなよ千鶴もいるんだぜ?」
 原田は千鶴をカメラの視界に引っ張り込む。
 マジ?とつぶやく声と同時に扉が開かれた。


 居間に通された千鶴と原田の前に平助が盆に山積みの酒とつまみを持ってくる。
「おう、用意がいいじゃないか平助」
 千鶴にはオレンジジュースが用意されていたが、平助が手にしたのは酒の瓶だった。
「ちょっと、平助君。だめじゃない、こちらでしょう」
「頼むよ、せっかくみんなで集まったんだしさ、ちょっとだけ」
 時代が違う、けれど酒の味を思い出した平助は内輪の集まりではちょくちょく手を出している。
「はー。堂々と飲めるまであと三年かよぉ〜長いなぁ」
 前だったら成人してたんだぜ?とぼやく平助に千鶴が釘を刺す。
「そんなんだから平助君頭がいいのに素行で推薦もらえなかったんでしょ」
 平助は千鶴より成績が良いのだが…売られた喧嘩を買っての器物破損などの事件を起こした経緯があって推薦を別の生徒にさらわれて、受験勉強の追い込みに忙しい羽目になっていた。
「私より難しい学部を受けるんだから、お酒は避けて勉強しないと」
 机に置かれた酒をすべてよけようとする千鶴に原田が入った。
「まぁまぁ千鶴。俺のお祝いってことで、今日は多めに見てやってくれよ」
「さっすが左之さん!話がわかる!!」
「おうよ!」
 腕組する千鶴の前で酒を取り戻した原田と平助はこの日の原田の成果について話し始めた。
「いやー、地方大会っつってもたいしたもんじゃなかったなあ。はやく平助が出れるようになれば少しは楽しめるんだが…」
「来年は大学生だから左之さんと、同じ枠で戦えるやい。オレだって、高校生枠なら無敵なんだかんな」
 原田も平助も強者との試合に餓えていることが分かる。
 いつもそんな話に流れがよく行くのだ。
 けれどこの日はそれだけですまなかった。
 原田がにぃと笑って一枚のビラを出す。
 それは来週の日曜に開催されるある大会のチラシだった。
「武芸トーナメントBUSHI…なにこれ、左之さんが主催する気?でもネーミングセンス最悪じゃね?」
「俺が主催なわけないだろ、どこかの道楽な金持ちが主催なんだよ。全国から参加者を募ってるらしい。しかも…」
「優勝賞金…200万、準優勝100万。剣道の大会で?」
「剣道だけじゃなくて槍も、OKらしい」
「わあ〜マジマジ、出ようぜ左之さん!オレと左之さんで優勝、準優勝しちまおうぜ!」
 贅沢な暮らしをしているくせに平助は賞金の話でテンションを急上昇させる。
「賞金で旅行おごってやるよ千鶴、どこがいい?沖縄、九州、京都…」
 京都。
 平助も原田も千鶴も一瞬動きを止めた。
 気まずさを破るために平助が明るくまくし立てる。
「いや、左之さんの分も足してみんなで海外いっちまおうか…?」 
「こら平助、俺は車買って、あとは貯金してだな…」
「千鶴〜どっか金かかるとこ左之さんに奢ってもらおうぜ〜?」
 わざと明るく振舞う二人に千鶴は優しく微笑んだ。
「京都、いいと思います」
「「へ?」」
 千鶴の発言に虚を突かれたらしく二人の声が重なった。
「また、平助君や原田さんと歩けるなら、いいなあって思ったんです」
 原田と平助はじゃれあうのをやめて真剣な面持ちで千鶴を見つめ、原田が穏やかな声音で言う。
「そうか…、そうだよなあ。いいかも、しれねぇな」
「左之さん、感傷にひたってやんのー。でも楽しいかもな、賞金でぱーっとあちこち遊んじまおうぜ。しっかし、賞金まで出すなんて太っ腹な主催者だよな。楽しみになってきたぜ。賞金目当てで強いやつも来るかもしれねえし!!」
 平助が盛り上げ始めると今度は原田も話しに乗ってきた。
「そう!そこなんだよ。それだけ賞金がでかけりゃ日本全国から猛者が来るだろ。ほら、他の連中もいるかもしれない」
「そうか!ひょっとしたら他にも誰か生まれ変わってるかもしれないもんなあ!一君、とか」
 千鶴が斎藤に会いたくて探していることを二人はよく知っていた。
「会場で探してきてやるよ」
 と胸をたたく平助に原田が笑う。
「斎藤くらい強かったら探さなくても上がってきて俺たちにぶち当たるさ」
「あ〜、それはちょっと参るなあ。賞金、危ういじゃん」
 斎藤を探し出してくる気満々の二人に千鶴は小さく呼びかける。
「あの、一さんなら見つかったんです。たぶん」
「そうかぁ〜見つかって……って一君がっ!!」
「そうだったのか、よかったじゃないか!記憶はあったか?まだないのか?」
 すっかり、会ったものと思っている二人に千鶴は千からのメールを受けたこと、次の土曜に集まって遊ぶことを教えた。
「斎藤一、で剣道をやっている。か、なら確定だな、やったな千鶴!一君も千鶴も居るんならオレもその集まり行きてえなぁ」
「平助君、次の日の大会にも参加するんでしょう?土日両方を遊んで潰すのはよくないよ」
「そうそ、やっとめぐり合えるんだ。邪魔してやんなよ平助」
「原田さん!私は別に」
「記憶がないっていうなら引っ張ってこいよ。俺たちで千鶴にしたこと思い出させてやるから」
「原田さん!!もう!」
 機嫌を良くした平助と原田は酒を飲み交わし、平助は当初のちょっと、どころではない量の酒で酔っ払って寝入った。
 時刻が気になって千鶴が時計を見ると日付が変わるどころか朝の方が近い時間になっていた。
 原田も気がついて舌打ちする。
「まずい、遅くなったな。帰ろう千鶴」
「あ…原田さん、こんな時間に帰ると叔父さんを起こしてしまいます。明日は日曜だし、一応了解ももらってるんで日が昇ってから帰ることにしますよ」
「そうか、悪いな。こんな時間までつき合わせちまって」
「いいんです。それに原田さんが大会にたくさん出る気持ちが分かりましたから」
「ん…?」
 首をかしげる原田に千鶴は笑顔をみせる。
「他のみんなにも、すごく会いたかったんですね。原田さんは。だから大会に出て探していたんでしょう?」
 原田がどこか困ったように笑う。
「なかなか、見つからなかったけどな。金色のおまけが増えるばっかりで。でも、俺らが剣から離れられないように、他の連中もどこかで剣と繋がっていると思う。だから、今回の大会にはちょっと、期待してる」

 近藤さんや、土方さん、永倉さん…今、どこかにいるんでしょうか。

 床で熟睡している平助に上着をかけて、千鶴と原田は炬燵で向かい合って座り、朝を待った。

「嘘です、そんなの…そんなの信じませんから!!」
 旅の最中に風間が持ってきた知らせに千鶴は声を荒げて反論した。
―斎藤は会津で死亡。原田も離隊後に死亡。
 戦場だった会津で行方を捜した。いないのなら土方と蝦夷へ向かったのだ。土方たちに会えば消息がわかる、と無理を言って蝦夷を目指した。
 しかし、蝦夷でも斎藤を見つけることはできなかった。土方と、平助の訃報を知り、新選組の終焉の地に行き着いた。
 江戸に戻る道中、再び滞在した会津で本当に斎藤が会津の地に殉じて亡くなったことを伝えられ、縁のものならばと会津藩士から遺品を手渡された。
 使い込まれていて、最後の激戦でついに用を成さないものになった大小の鬼神丸国重。刀を下げるのに使っていた布。
 合葬されたという会津藩士の墓の前で千鶴は喉を痛めるほど慟哭した。
「一さん…ここに、いるんですか。私をおいて逝ってしまったんですか…。皆さん、そちらに逝ってしまったんですよ。私は…私はっ」
 爪に土が入り込むほど強く地に手を突く。

 一さんの眠っている土…
 いやだっ。このまま生きていくことなんて…できない…っ。

「千鶴、おい、起きろって!千鶴!!」
 激しく体を揺さぶられて千鶴は目を開けた。
 顔を上げれば心配そうな顔の平助と原田が両脇を固めていた。
「…平助君、原田さん…生きて…生きていたんですね。なら…一さんも…っ」
 つかみ掛からん勢いの千鶴に平助が叫んだ。
「わー!!千鶴タンマ!!落ち着けって!俺んちだよほらっ」
 現在に、現実に戻る思考。
 その一瞬、千鶴の表情を正視できず原田と平助が目をそらす。
「………ごめんなさい二人とも。大丈夫です。少し寝ぼけてしまいました…」
 二人は千鶴の夢の内容を聞くこともせず、優しく接する。
 差し込む日差しが暖かかった。


「ありゃ、大丈夫っていってたけど。相当参ってるって感じだったよなぁ左之さん」
「俺らだけじゃどうにも出来ねぇ。なんかしてもかえって千鶴が気にしちまうだろうしなあ」
 日が高くなっているから一人で先に帰ります、とぎこちなく微笑んだ千鶴を見送りながら平助と原田の二人は千鶴の心の傷の深さを思う。
「でもまあ、こんなのも今週で最後になるよな。だって土曜には一君に会えるんだし」
「ああ、今度こそ幸せになってほしいんだが……。なあ平助ちょっと頼んでおきたいことがある」
「なに?次の日曜のこと?」
 話しながら二人は平助の部屋の中へと入っていった。



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現代転生パロが好きなんですっ。
現代パロでなく「転生」のとこが。
あっちこっちで転生パロ見ては萌えてるんですが…
それで余計に萌えたらしく
足りなくなったので自家発電と相成りました。
もひとつ連載やってんのに…
しかもなんか…このページ長くな?
転生パロな以上続くのは覚悟の上だけど、3、4区切りで終わらせたいなあ…(希望観測)