降る雪に願えるなら 12
土方に覚えている組と称された三人の前に一人の男が現われて、その様子を斎藤はただ眺めていたわけだが胸がむかついてならなかった。
途切れ途切れに会話が聞こえる、特に千鶴の声が。
―お会いできてうれしいです、覚えててくれたんですね。
―ころっと忘れた人達と一緒にしないでほしいな。
千鶴が現われた男に喜色満面といった顔で駆け寄りにこやかに談笑している。しかもその男はまんざらではないような顔をして千鶴の頬をすべるようになでだした。
男の手で千鶴の顔が隠される。今千鶴からはこちら側を見ることができない。
代わりに一瞬男がこちらをちらりと見る。
釈然としない苛立ちがさらに募ったが斎藤はそれを丁寧に隠した。
土方が話を始めようとしている。
「さて、思い出してない組の君達だが…」
「その思い出してない組というのは何でしょうか。痴呆扱いされているようで不愉快です」
苛立っているためか斎藤はかねてより憧れていた石田グループ総帥にまでぞんざいな口を利いてしまった。
「そうか…他に分け方がなあ、ならわかってない組…」
「そりゃ俺達が分からず屋かよっぽどの馬鹿いみてえじぇねえか。もちっとマシなの頼むぜ総帥さんよ」
思い出してない組、の片割れがさらにぞんざいに土方に話しかけたことで斎藤は言いすぎだと永倉を肘で突く。
「思い出してない組で結構です。事実あなた方の会話で意図のわからないことが多くある。そんな俺達に一体何の用事があるんですか」
整然とした問いで話の筋が元に戻る。
「俺のグループである事業を始めた。本業に対してこれは俺の剣術好きが功を奏した副業みてえなもんだが、宮川道場ってえ道場を全面的にバックアップして剣術の復興と推進を目指している。そこで剣の腕の立つお前さん方に協力願いたい。道場と剣術の宣伝として」
先ほどの晩餐時の話ではどうして総帥が大会まで開いたのかさっぱり要領を得なかったがこの話ならつじつまが良く分かる。
しかし斎藤はこの話を受けるには自分は不適格なのではと思う点があった。
「土方さん、申し出はうれしいですが俺は左利きで、そもそも竹刀剣術はあまり好かない。その道場の宣伝役には合わないと思われます」
「いやいや気にするな、道場主は木刀での練習を好む気のいい人だ。左利きでも何でも強い奴なら認めてくれる。強くて、あとは武芸大会の規約が守れるなら十分だ。それに俺がついてる、出稽古や他の道場との試合に出てくれるなら報酬はしっかり用意する」
その言葉で永倉は一つ返事で話を受け、斎藤も土方の頼みを了承した。
その後は契約書であるとか、宮川道場を訪ねる日と場所の説明を受け交わし、ようやく千鶴たちのいる場へ行くことを許された。
千鶴とその仲間のいる部屋に通されて真っ先に斎藤と永倉に歩き出してきたのは先ほど千鶴の頬をなでていた男だった。
長身で、明るい髪の色をした陽気な男だ。ふうん、鼻をならしてから遅れて隣室に来た斎藤、永倉両名に挨拶をする。
「始めまして、と言うべきなんだろうね。僕は沖田宗次郎、でも総司で通してる。土方さんから聞いたと思うけど宮川道場の師範代だよ。よろしくね一君、新八さん」
「山口一だ。沖田さん、初対面の人間に馴れ馴れしいのがあんたの流儀か?」
「ああ、一君って呼んだの怒ってる?僕も総司って呼んでいいからこれでお互い様さ。あとは…平助なんかも君の事同じように呼ぶだろうけど渾名の斎藤と同じだ、目くじら立てちゃだめだよ」
「おーい、沖田さん。俺は長倉栄治なんだけど〜?」
「いいじゃない、みんな新八って呼んでるでしょ。これも渾名だよ、はやく慣れて」
がっくりと肩を落とす永倉は置いて斎藤は沖田を見据えた。
「あんたは、宮川道場の師範代と言ったな、腕は確かか?」
「失礼しちゃうな、手合わせしたいけどこんな場所と格好だしね。契約したんなら後日、うちの道場で手合わせするよ」
「ほう…それは楽しみだ」
感覚を研ぎ澄ませば沖田の佇まいにただならないものを感じる。
永倉や原田と大会で向き合ったときもにも同じものを感じた。剣において、こいつは知っている。何をと聞かれればわからない。けれど斎藤も知っている同じものを持っている。それは同類と言いかえれるのか。
斎藤は沖田に聞きたくて堪らなかったことをついに尋ねる。
「総司、あんたは…雪村とは親しいのか?」
「……気になる?」
「……………」
気になるから聞いている。
しかしそれをこの男に言うのは癪に障って仕方ない。
答えない斎藤に代わって沖田はカラカラと笑って言う。
「さっきのが初対面だよ、でも彼女はとても喜んでくれた。…思うんだけど彼女、一君と会ったときすごく悲しんだんじゃない?」
斎藤の脳裏に始めて千鶴と会った大会の控え室裏での出来事がよぎる。
悲しみのまま硬直したような千鶴の顔、追いかけてきたけれど何かを堪えるように見開かれた目。
「何を…」
「僕は千鶴ちゃんをがっかりさせなかったからね。ご褒美に笑顔を頂いて当然だ。ちょっと失礼するよ、向こうで平助が呼んでる」
話を区切ると沖田は平助の方へと向かった。千鶴もいるその方向へ。
しかし、沖田の言葉は斎藤の心に重く、黒いものを残していった。
初対面だというのに、雪村は何故あの男にはとても嬉しそうな笑顔を見せたのだろう。
俺と始めて会ったときはあんなにも辛そうにしていたのに。
総司に会えたのはそんなにも嬉しかったのか。
俺と会ったときよりもずっとずっと、嬉しそうだった。
「全く、すごい話なんだけどどっか奇妙でなんねぇな」
もやもやとした思考は永倉の呟きで中断された。
斎藤はこの場で唯一同じ境遇だろう永倉に相槌をうつ。
「ああ、他の連中は何事か覚えがあるようだが。俺には、ない」
「だよなー、みんなして新八って呼んで人の話を聞きやしねぇ」
「長倉さん、だったな。あんたの剣は良かった、まっすぐで力があって」
「お、そうか。山口…だったよな。俺もあんたと戦って楽しかったぜ、初めて使える奴に会ったと思った」
斎藤を山口と呼び、開けっぴろげに話し出した永倉の存在が、自分を異分子のように思えた今の斎藤に少しの安堵を与えた。
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沖田がすごい意地悪なこと言ってます。
いえ、沖田大好きなんですよ!!
11かいてて沖千もいいなあと思ったくらい
(藤堂といい何で斎千話書きつつ他カプにも萌えるか…)
沖千になれなかった恨みか沖田が斎藤に辛辣です…