降る雪に願えるなら 11




 意識を取り戻した斎藤が真っ先に感じたのは己の不甲斐なさへの苛立ちだった。
 雪村千鶴が自分を待っていなかっただけで木刀を落とし背後をとられても気がつかないほど放心したことに激しい苛立ちを感じる。
 身を起こそうと手をつくと予想に反した反発がかえってきた。
 斎藤が寝ていたのはよくスプリングの利いたキングサイズのベッドで、目の前にはガラス越しに煌びやかな夜景が広がっていた。
「お目覚めですか」
 声がかかり、そちらを向くと斎藤を追いかけ捕まえた人間と同じ格好をした男がいた。斎藤は周囲に剣の代用になるものはないか探る。が、男はこれ以上の危害は加えないといった上で斎藤に用意した服へ着替えるよう求めた。
「それよりも俺をここへ連れてきた理由を言え」
 問うても主の説明までお待ちくださいの一点張り、着替えなければ主とやらの来る晩餐に通さないと主張するばかりだった。
 仕方なしに白い箱を開くと黒いショートフロックコートとそれに合わせた黒いインナー、極め付けに濃紺のアスコットタイが現われる。
 英国紳士のような衣装に憤慨し、こんな仮装をさせようとは一体何のつもりだと詰め寄っても男から得られる説明は同じもので。
 屈辱的だったが着なければ答えを得ることができないということだけが判然としている。斎藤はため息を吐いてそれらの品に袖を通した。

 千鶴、原田、平助、永倉の四人は晩餐を待つ間お互いの連れてこられた時の状況について話し合っていた。
「じゃあ新八っつぁんはノコノコその女についていって、お茶をしてたら寝込んでたと。完璧はめられてんじゃん」
「だってよ、中々の美人でさ。黒ずくめだったけど」
「そこが怪しいんじゃん!ったく」
 平助と原田は永倉を新八と呼び続けるので永倉はそれを受け入れた。ただ単に長倉栄治と呼ばれる事を諦めた、ともいえるが。
 千鶴がジュースの満たされたグラスを握りこんで原田に訊く。
「誰かが、警察に連絡してくれることはないでしょうか…それで、捜索が…」
「千鶴ならともかく俺はねえな、朝帰りとか夜から出たりはしょっちゅうだし。今更家族は変に思わないだろ。千鶴の家は…」
「はい…、叔父さん今日はいないですから…」
「平助のとこも誰もいねえからな…」
 参ったと原田が天井を仰いでいるとロックのかかっていた扉が開く。
「皆様、長らくお待たせいたしました。これよりお食事の間へお通しいたします」
 告げられて四人は案内人の後について晩餐の場へと足を運び始めた。
 重そうな木の扉についた金色の取っ手が引かれて食事の準備が整えられた部屋に通される。
 大理石の床の上に白いクロスで覆われた長いテーブルが置かれ、さらに先客が座っていた。
 やはりパーティ用の衣装を纏った斎藤である。
 千鶴は誰よりも先に食堂へ踏み出した。一さん、と心ではそう呼びかけたがその呼称を今の斎藤が嫌うことはもうわかっている。数回の電話で慣れた今の彼の名前を呼ぶ。
「………山口さん。すみません、約束にいけなくて…」
「来る意思があったのにここにいるということはお前も強引に連れてこられたようだな」
「はい…。ごめんなさい」
「俺も時間に着くことができなかった。お互い怒りを向ける相手は別にいる。ここに人を攫って来るよう命じた人間が」
 斎藤は原田と平助を眺めて永倉で目を留めた。
「一人増えているがそいつもお前達の仲間か?」
「はい…でも…あの……」
「いや、仲間ってほど親しくないけど。なんか親しそうにしてくるから」
 永倉が曖昧にわらっていると原田がグリーンのネクタイに彩られた襟首をつかむ。
「マブダチに何てこと言うんだ、昔っから仲間だ!!さっき酒酌み交わしたろ!十分仲間だ!!」
 その様子を見た斎藤が得心がいったという表情で頷いた。
「そうか、お前は準優勝の奴か」
 原田から逃れた永倉が斎藤に詰め寄る。
「準優勝っつーな。お前こそ大会の時の奴だな!ここであったが百年目、雪辱を晴らしてやろうじゃないか」
「まあ待て、何故こんなところに連れてこられたか皆目わからなかったがどうやら武芸大会と関係があるようだ」
「何い、…そういやそうか。でもなんで三位や四位の奴がいなくて二回戦敗退の奴や関係ない女の子がいるんだ?」
「それはわからない」
 斎藤と永倉はわからないと首を傾げたが千鶴たち三人にはここに集まった五人の共通項 がはっきりわかる。
「左之さん、よりによって俺達が集められるって…」
「お膳立てしてくれたってことだな、俺達が転生してるって知ってる誰かが」
 ひそひそと原田と平助が会話していると給仕の人間が入ってきて各自に着席するよう言う。
 全員が長テーブルの左右に設けられた席に着くと黒服の男が「これより主の紹介に移ります」と高らかに声をあげて扉を開けた。
 重厚な扉が開かれ、上等な靴の音を床と奏でながら千鶴たちをここまで連れさせた人物が姿を現す。
 黒いタキシードに濃い紫のネクタイ、切りそろえられた艶やかな黒髪と役者並みの美貌の男。
「「「土方さん!!!」」」
 長かった髪はばっさり切られている上タキシード姿ではあるがよく知った姿そのままで、それが記憶にある三人は彼の名を口にだした。
「なるほど、お前らは思い出し済みってことだな」
 驚きに席から立ち上がりそうな三人を見て土方はふっと笑みを漏らす。そして土方に怪訝な目を向ける斎藤と永倉を一瞥した。
「で、そっちが思い出してない組か…斎藤に永倉お前ら目つきがキツすぎら、今のお前らじゃ俺のことを強引に連れてきた憎い男と思ってしょうがねえが、うまいもん食わせてもてなしてやっから少し落ち着け」
 ところが斎藤がその場で立ち上がる。
「土方さんとやら、それに他の連中も。俺は山口一であって斎藤ではない。あんた達は何故俺を斎藤と呼ぶんだ?」
 ふうっ、と息を吐いた土方が手で座れと示す。
「そいつは失礼したな、どうもそっちがなれてるからなあ…すまない山口君、もちろん改めることもできるんだが、できれば俺はお前を斎藤と呼びたい。渾名とでも思って俺や他のお前を斎藤と呼んだ奴がそう呼ぶことを許しちゃくれねえか、でなけりゃ話がしにくくてな」
 斎藤は土方をにらみつけたが土方は斎藤をまっすぐ見据える、先に視線をそらしたのは斎藤だった。
「……好きにしろ」
 斎藤が再び席に着くと食事が運ばれ始め、土方が話を切り出した。
「食いながらでいいから聞いてくれ、まずは手荒な連れ方をして悪かった。お前らの誰に記憶が戻っていて、誰に覚えがないかわからなかったもんでな。覚えてないのに呼んだってまず来ちゃもらえねえ、攫うにしてもお前らの腕じゃすんなり運ばないことはわかってたんでな」
「人が悪いぜ土方さんさー、オレ何かと思ったもん。本当なんだったんだよあの黒服たち」
 平助に口を挟まれると土方が苦笑する。
「ああ、あれはうちのSPだ」
 原田がスープを飲みこみ損ねて咽ながら声をあげる。
「え、えすぴー!?土方さん今度は何やってんだ?」
「おっといけねえ、今生の挨拶が遅れたな。石田製薬代表取締役、土方歳三だ」
 驚いて言葉の出ない一同の中、斎藤だけが土方の自己紹介に反応を見せる。
「……石田グループ総帥…。土方さん、経済誌でご活躍拝見しています。お会いできて光栄です」
「ああ、そうか。…斎藤、お前…思い出してないんだよな…?」
「お会いするのはこれが初めてですが…?」
「……記憶がないくせに今生でも土方さんにべったりついていきそうだな、あいつ」
 先ほどの険悪な態度をすっかり改め、土方に尊敬の眼差しを向ける斎藤を見て原田が呆れていた。
 千鶴も石田製薬と聞いて気にかかったことを訊いてみる。
「この前の武芸トーナメントは土方さんが開いたものだったんですね」
「そうだ。よくわかったな」
「会場で石田製薬のコマーシャルばかり流れてましたから」
 石田グループに石田製薬、それは武芸大会の主催と協賛だった。主催者の道楽と会社のコマーシャルのために行われたと思っていた大会だが土方が行ったのならその目的は別なところにあったのだ。
 かつての仲間を見つけるため。
 破格の賞金なら全国から腕に覚えのあるものが集まる。その中には自覚がなくとも転生した仲間が出てくるかもしれない。考えは原田と同じだがそのために大会を用意してしまうとは。
「いかにもあの大会は俺が用意したものだ。たとえ覚えがなくてもお前達が剣を握らずにいるはずない。それで大会を開けばこんなに引っかかりやがる。もっと早くにやってみとけば良かったと思ったよ。原田のついでに藤堂と、どうやって探したもんかと考えてた千鶴も見つかったしな」
「土方さんは、ずっと覚えてたんですか、私たちのこと」
「ああ、ガキの頃からずっと。お前達みたいに他の転生してる奴が近くにいなかったからこの歳までただの妄想だと思っていた」
 食事を進めながら土方は記憶を取り戻している三人にいつ記憶を取り戻したか、過去での死の状況などを尋ね続けた。
 大体の事情を確認し、デザートが済むと土方が横で控えていたSPに目配せする。
「さて、次に俺はそこの覚えてない組に話があるがその間、覚えてる組の奴が暇と思って他のゲストを呼んでおいた。久々の話に花でも咲かせてくれ。おい、出てきていいぞ」
 土方が呼ぶと食堂の扉が控えめに開き、黒いロングタキシードからワインレッドのベストをのぞかせた人物が現われる。
「やあみんな。元気にしてた?まあ最後に別れてから一回死んでるわけだけど」
「沖田さん!!」
「「総司!!」」
「驚いてもらえて嬉しいよ。みんなが晩餐している間一人寂しくカップ麺を食べて待機していた甲斐があった」
「総司!お前にも隣で同じもん食わせてたろーが。大嘘言うんじゃねーよ」
「みんなが隣にいるのに待ってろって言うから落ち着かなかったんだよ。料理の味もわからないくらいに」
「モノには順序があるんだ。仕方ねえだろが、いいからお前は思い出し組に説明しといてくれ」
「はいはい、『元』副長命令に従いますよ」
 皮肉を利かせて微笑む沖田に千鶴が満面の笑みで駆け寄った。
「沖田さん!お会いできてうれしいです。覚えていてくれたんですね!!」
「当たり前だよ、忘れるわけないでしょ。死んだついでにころっと忘れた人達と一緒にしないで欲しいな」
「今はすっかりお元気そうですね。…よかった。すごく、嬉しいです」
 前世で離れる前の沖田は病に侵され見ているのが痛々しいほど衰えていくばかりだった。こうして再び元気な姿の沖田を見ると過去の病身が悪い夢だったように思える。
沖田が千鶴の頬に手を伸ばし、やさしく触れてから言う。
「僕も千鶴ちゃんが変わりなく僕を覚えてくれていて嬉しい」
 千鶴と沖田が柔らかに微笑みあう光景は絵になっていたがそこへ平助と原田が割り込む。
「お前は病気でも病気じゃなくても相変わらずだなー。千鶴ばっかりじゃなくてオレらの相手もしろって」
「ああ、忘れてた」
「おい総司」
 目を細める原田に沖田は舌をだして笑いかける。
「っていうのは冗談で、何?何か聞きたいことある?」
「お前土方さんになんか説明するよう言われてたんじゃねえのか」
「だから説明してあげるよ、僕の答えられることなら何でも。何から聞きたい?」
「んじゃ…どうしてここにいるんだ?」
「土方さんに頼まれたから」
「……」
「……」
 そこに至るまでの広大なバックボーンを聞きたかったのだが原田の質問ではその答えを引き出すことができなかった。
「もう、左之さん。バトンタッチ」
「おう…」
「総司はいつどこで土方さんに会ってなんで土方さんに協力してんの?」
「それが聞きたかったの。うん、僕はある道場に弟子入りしてたんだけどそこへ総帥の合間に趣味で道場破りしてた土方さんが来てね」
 見つかっちゃった。と沖田が手のひらを上に向けた仕草をする。
「えー、総司がどこかの道場に弟子入りするなんて信じらんねー。お前、近藤さん一筋だったじゃん」
「うん、近藤さん一筋だから近藤さんの生まれ変わりを探し出して弟子入りしたんだよ」
「ふーん、それなら納得が…ええっ!!」
「近藤さんもここにいるのか?!」
 見回す三人を沖田が笑い飛ばす。
「あはは、いないよ。まちがいなく近藤さんだけど、なにせ…覚えてないからね」
 登場してから始終笑顔だった沖田の表情がわずかに翳る。
「やっぱり、思い出して欲しい。それで他のみんなも探し出してもっと前世の記憶の取り戻し方を探ってみようということになったんだよ。そのためなら僕は土方さんを手伝う。今のあの人は特上の金ヅルだ。開こうといえばあんな大きな大会だって苦もなく行える。ツテだって半端じゃない、近藤さんに記憶を取り戻してもらって今度こそ揺ぎ無い成功を手にしてもらいたい」
 沖田の瞳に浮かんだのは千鶴が持つのと同じ、今度こそは願いを成就させるという決意だ。
「手伝ってくれない?みんながどういうきっかけで思い出したか、できるだけ詳しく教えて欲しい。手がかりはいくらあっても足りないからね」
 覚えている自分達と覚えていない愛しい人と。
 なんの違いがあったのか、それは千鶴もよく知りたいことだ。
 知れば斎藤にも過去の思い出が甦る。
 沖田達の探ろうとしていることは千鶴たちの望みを叶えることに繋がるだろう。
「私は手伝います。いくらでも気にかかることがあれば聞いてください」
「千鶴がやるならオレも、一君に思い出してもらわなきゃこっちの肩の荷がおりねーし」
「…新八が、他人行儀なままだとどーも調子でなくてな。また、一緒に馬鹿やりてえ」
 沖田には三人の答えはわかっていたらしい。早速調査に入ろうと三人を隣の部屋に通した。



<戻る   続き>
*----------------------------------------
ついに、土方さん出せましたー!
何より沖田も。
私が書くとすっごい笑ってばっかりということが判明しました…。
トーナメント編から複線張ってた甲斐ありです。
石田製薬、売れ筋商品はやっぱ石田散薬かな…