衛士の勉強会
月眞院の庭池の前で暇をつぶしていると平助がやってきた。
「一君、中にいないから探したぜ。ほら、いつもの時間」
「いや、俺は…」
遠慮させていただく、という言葉も平助は聞き入れなかった。斎藤の腕をつかむと邸内へと引きずり込んでゆく。
また、アレが始まるかと思うとうんざりだった。
極秘任務で御陵衛士に潜入し、その実間者働きをしている身としては少しでも信用を得たほうがいい。斎藤の使命は何よりも正体を露見させず生きて帰ることなのだ。
従って定例の会に出るのは重要なのだと強引に己を説得した。
平助に引かれるまま衛士の集まっている部屋へ着く。
この中で今日何が行われているかはまだわからない。
だが、これまで行われてきたことを思うと今日のもロクでもないことだと想像に難くない。
障子が開かれると両手を胸の前で組み合わせ斎藤の来訪を喜ぶ伊東がいた。
「斎藤君!!遅いわよ。もう始めなければならないかと思っていたところなの」
さ、座ってと最前列の端に開けられた空きに腰掛けることになった。
かなり、悪い位置といえる。
「さあ、全員揃ったことだし、週一の勉強会を始めましょうか」
勉強会…もともと博識な伊東は新選組でも定期的な講義を行っていたようだが「衛士には自分の配下として新しい知性を要求する」と当人いわく画期的な勉強会を始めた。
斎藤は別に勉強自体を悪くは思っていない。
だが新選組を出て、異国と渡り合っていける人間を育てようとする伊東は斎藤から見れば奇怪な知識を衛士に授け始めた。
此度で三度目になるが初回は「新しい戦力を!」とロケットなるものの製作について考察と実験を行うと言い張り、わけのわからない西洋の器具を前に一生懸命ロケットなるものを創出しようと案を出しあった後、部屋の隅を黒焦げにした。
二回目は「これが新しい七夕だ!」と大量の南瓜の中をくりぬいた挙句目鼻口の穴を開けたものを頭にかぶって近所を訪ね、菓子をもらってこいという。『とりうくおあとりうと』なる呪詛をつぶやけば菓子を得られるとのことだったがその様な風体で市中を歩くことが躊躇われるばかりだった。
はて三回目の今日はと室内を見回すが幸いにも西洋の器具や南瓜は見当たらない。
普通の講義に戻るかとほっとした矢先、伊東が宣言する。
「今回は英学を行います。といっても今までより一歩進んで、西洋の言葉を勉強するのよ」
攘夷を目指すのになぜ異人と語り合う言葉が必要か。
斎藤はうんざりだったがそれを表にはまったく見せず伊東を見上げた。
「まず私が手本を言うから後について一人ずつ真似して御覧なさい。うまくできたら意味を教えるわ」
最初に平助があてられ、伊東について「あいあむぼうい」とかいう言葉を困りながら発声する。
「中々に筋がいいわね。今のは私は少年です。という意味よ」
立派に成人男性ながら幼さが残ることをからかわれることが多い平助に「私は少年です」と言わせるあたりに伊東の皮肉が感じられる。
次に斎藤の番が来て伊東が何事か一言口にした後、繰り返しを要求された。
「あい…ら…ぶきゅう?」
「まだまだ発音が悪いわね、もっと舌を回すように」
「…あいらぶきゆう」
まあまあ満足と頷いた伊東は斎藤にとってとんでもない解説を口にした。
「ふふふ。今のは、あなたを愛しています。という意味よ、よく覚えてらっしゃい」
「!、!!、!!!」
刀を抜いて伊東をたたっ斬りたい、その衝動を任務のためと斎藤は必死で押さえ込んだ。
意味がわからぬとはいえそんな言葉を公衆の面前で口する羽目になったことがひどく悔やまれる。
しかも発音が慣れていないので次回までに今の言葉を練習するよう言い渡された。
最悪だった。
衛士として活動して、騙し討ちを行ったことは暗い影を心に落としたろう?と彼を気遣った者は多かった。
しかし心底濃い影を落とし、闇に葬りたいこの勉強会について斎藤は黙したままその苦労を語ることはなかった。
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衛士って何やってたかよく知らないんで調べたら出てきた逸話から。
伊東さんはノリノリだったと思います。