その心が報われるなら




 東京がまだ江戸と呼ばれた時代の記憶を抱える千鶴。
 同じく武士の記憶を抱えたまま、千鶴の隣の家に『近所のお兄ちゃん』として住んでいる原田。
 二人はまだ、他の前世からの記憶持ちにも、幹部の転生にも出会えないままだった―

「ただいまー」
 玄関から聞こえた片割れの声に千鶴も返事を返す。
「お帰り、薫」
 おかしいと感じたのは靴音が二人分聞こえたため、リビングから顔を覗かせると薫に続いて一人の男の子が家に上がってきた。
 靴紐を解くため屈められていた黒い学ラン姿が起き上がる。
 茶色のさらりとした髪は毛先だけ跳ねていて、その人物の無邪気さをより強く表していた。
 千鶴は薫の後ろに立つ少年から目が放せない。
 彼は薫や原田と同じように千鶴が『以前』から知っている藤堂平助だったのだ。
 髪型や格好のせいで印象がまるで違うけれど共に死線をくぐった仲間を見間違えることはない。
 二人を見つめた千鶴に薫が顎を上げて言う。
「友達連れてきたんだよ。うちのクラスの転入生、知らない?先々週、全校集会で挨拶したじゃない」
「…そんなことあったっけ…?」
 千鶴も薫も同じ中学校に通っている。双子なので二つ教室を隔てたクラスに分けられてしまったけれど。全校集会で登場していたらすぐに反応しただろうに。
「ああ、千鶴はその日遅刻したんだっけ?朝からコケて額を切ったから病院にいってたでしょ?」
 そうそう、と相槌を打てば薫の背後から噴出して笑う音が聞こえた。
「あははははっ。それ雪村の妹?顔そっくりなのに抜けてるんだなあ」
 腹を抱えて笑われてしまった。
 しかし、屈託のない笑いが千鶴の胸に刺さる。
 ああ、平助君も覚えていないんだ、と。
 千や、薫、叔父、前世からの縁ある人は多いけれど原田以外にそれを理解している者はいない。新選組の皆なら生まれ変わっていれば必ず覚えているだろうと考えていたがそうでもないらしい。
 残念に思っていると薫から冷ややかな声を浴びせられる。
「そんなところでぼうっとしてないでお客なんだからお茶と菓子くらい用意してよ。僕としては妹は出来が良いと人に自慢したいんだから」
「はいはい、兄さんは優しいから私も皆に自慢していますよ」
 千鶴も負けずに皮肉を返す。今生の薫は千鶴が唯一抵抗なく皮肉や軽口をたたける自分の半身だった。
 転生して幸せな生活を送っている。その上記憶のあるなしが全て都合よく行くなんて贅沢すぎるだろう。千鶴は台所へ向かい、客人をもてなす準備に取り掛かった。

 平助が帰った後、千鶴は原田に連絡を取って家へ上げた。
 薫も含めて一通りの事情を語ったが、その後の薫の第一声は
「はあ?藤堂を知ってる?何言ってんの二人とも」 だった。
「また二人の『前世からの知り合い』ごっこ?僕を混ぜないくせに僕の友達を巻き込まないでくれない」
「待て待て薫、本当なんだ。俺の目を見ろって!」
「原田の兄さんさぁ、昔僕のロボット壊したときもそう言って「俺は違う!目を見ろっ」て言ったよね?あれ大嘘だったじゃないか」
「いや、その件はそうだったけど。これはマジなんだよ!!」
「だから『前世の恋人』も本当だって?そんなことで来年の海外行きやめられると思ってんの?」
「…私も原田さんも心から本当のことを言ってるの、信じて協力して薫」
「……もし、藤堂が本当に前世からの知り合いで二人のことを思い出してその話の辻褄が合うなら…協力してもいいよ、千鶴の日本残留」
「薫!!」
「えらいぞ薫!」
 飛びつく二人を振り払いながら、薫はまんざらでもない顔をした。
「藤堂が本当に思い出して、今の話や、他のことの辻褄も全部あったら、の話だ。いいな」

翌日から千鶴と原田による「平助の記憶リバース大作戦」が始まった。
薫と平助が遊んでいるときにさりげなく輪に加わって千鶴と原田は平助の記憶を刺激しそうなこと(相談して候補を絞った)を行う。
「ほら、新選組の資料!私、最近気になっちゃって」
「おー、偶然だな千鶴。俺もハマってんだよ。他人とは思えなくて!藤堂君、お前どう思う(棒読み)」
「パス、オレ興味ないから。薫〜なんかゲームねえの?」
―テイク1 失敗 
―テイク2
 近所の公園で原田の見事な剣舞が炸裂する。
 平助はその全てを見事に受け止めた。
「良く受けたな平助!」
「やるんじゃん、原田さん!オレにここまで打ち込んできたのあんたが初めてだ!!」
「どうだ!?昔を思い出さないか!?」
「…何のこと?」
 気の抜けた平助の返事に原田の気負っていた気持ちは崩れ吹き渡る風に溶けた。
―テイク3
「原田さん!どうか!それはやめてください!!」
「止めるな千鶴!!昔から記憶喪失はこうすれば治ると相場が決まってるんだ!!」
「平助君は記憶喪失とは違います。それに記憶喪失もそんな方法では治りません!!」
 薫と並んで歩く平助の後頭部を物陰から木刀を握って狙う原田。千鶴の「記憶が戻らなかったら犯罪者になってしまいます」という懇願でようやく原田は諦めた。
―テイク4
「原田さん!!どうか…それだけはやめてください!!!」
「止めるな千鶴!!昔からあいつはこれが好きだった…これさえ見ればきっと!!」
 薫と並んで歩いてくる平助、その前方の物陰から原田はタイミングを見計らっていた。
 剥き出しの腹に顔を描いて…。長いコートで腹の絵を隠しているがその姿は言わずもがな。千鶴の「記憶が戻らなかったら変質者みたいです」という嘆願も焦った原田にはきかなかった。
 ついに、その時が来た。広げられたコートと顔を描いた腹、下はジーパンだが中途半端に紅白のさらしを撒いている。
「原田の兄さん…何馬鹿やってんの…」
 呆れる薫と転げんばかりの勢いで笑う平助。それを自分のことのように感じて赤面する千鶴。
 体を張った原田の努力むなしく、腹踊りは平助の笑いを誘うに終わった。

 万策尽きた原田は次を思いつくまで来ないというので、千鶴はその日薫、平助の買い物に付き合うことにした。
 オレンジ色の光が世界を覆い始めたから、街を歩くのをやめて引き返し始める。
 公園の脇を歩きながら、記憶リバース作戦のない穏やかさについて平助が千鶴に尋ねる。
「今日は原田さんいねーの?」
「うん、ちょっと行き詰ったみたいで。原田さんも高校が忙しいだろうし」
「そっか、あの人騒がしいからさー。いないと静かだな、って」
「原田の兄さんは降参か、これは…千鶴の海外行きも確定だな」
 薫の何気なかった一言は平助には想定外のものだった。
「えっ?千鶴外国に行くの?」
「そうさ、両親の都合で僕と千鶴は向こうに引っ越すんだ」
 いつも明るい笑顔の平助の顔が悲しげに歪んだ。
「それ…キツイな…オレはお前らといるの結構気に入ってるから…さ」
 平助の顔色が少し悪い。
「ここ数日みたいに…ずっと皆と騒いでたかったな、千鶴や……」
 平助が頭を抑えて膝をついた。
「藤堂!?」
「平助君!!」
 千鶴は薫と二人で倒れていくその身を支える、どうしたものか戸惑っていたら折り良く道の向こうに小さくブレザー姿の原田が見えた。
「原田さん!!平助君が!」
「どうしたっ?」
 駆け寄ってきた原田が平助の顔を覗き込む。
「動かさねえようにして救急車を呼ぶか」
 原田の意見に双子が賛成していると平助の頭が左右に揺れた。
「平助君しっかり!」
「藤堂!!」
「平助?」
 口々に心配するその声に平助は心配ないと首を振って立ち上がる。
「平気だ。ちょっと、頭に負荷がかかりすぎたんだな」
「何言ってんだ平助、顔色悪いし医者に見てもらえって」
 肩にかけようとした原田の手は止められた。平助によって。
 見上げる瞳が茶目っ気を含んで原田を見返す。
「心配ねぇって、左之さん。一気に前世のこと思い出して頭がパンクしかけたなんて医者に言っても信じてもらえねーよ」
 ポカンと口を開けた一同を見て平助が笑う。
「平助…良かったっ!!本当にっ…」
 原田はその場に居た平助と千鶴と、ついでに薫もまとめて抱きしめて平助の記憶の帰還を喜んだ。
「原田さん、そんなに強く抱かなくても逃げませんよ」
「左之さん相変わらず馬鹿力なんだなー」
「うるせえっ今も昔も減らず口たたきやがって……でも今だけは見逃してやるよ」
「…なんか僕まで巻き込まれてるけど、これ何の演技?…うーん、でもそんなはずないか、原田の兄さんと千鶴にそんな演技力あるわけないし…」

 目の前で記憶を取り戻す、という芸当を見せ付けられた薫は千鶴の『前世からのつながり』を信じて日本残留への両親説得に一躍買った。

 記憶を戻した原田と平助によって心強さを増した千鶴たちはここから他の新選組幹部を積極的に探し始める。

 彼らの苦労が報われるのは、まだ少し先の話である。
 


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6666キリ番記念に、リクエスト下さった柊さんに捧げます。
ご希望に添えたかはわかりませんが。
千鶴・薫・平助・原田を絡めるべく
かつ、事態は動く話にしたかったんで
平助の記憶話になりました。
この話の3〜4年後くらいが『この雪に〜』の1ってとこでしょうか
リクされて書くって楽しかったです。
では、ありがとうございましたv