『師走の怪』騒動

拍手お礼 斎千SS


「師走に現われる妖怪?」
「妖怪みたいなもの、であって、妖怪ではないんだと思いますけど…」
 師走に入った晴れた日に、庭で空いている隊士と話していたらそんな話へと流れた。
 蘭医である千鶴の父はよく異国の話をする。その一つが阿蘭陀や、他の外国で師走に現われる老人の話だった。
「はあ、『心太殺す』ねえ…そりゃ物騒だな」
「全身真っ赤って…そんなに返り血浴びんのか?鬼じゃん」
「そのような輩に不法侵入されるような脆弱な守りではない、安心しろ」
「残念だなあ、僕は鹿に引かせたソリというのを見てみたいんだけど」
 完全に勘違いしている幹部達の誤解を解くため千鶴は力説する。
「いえいえ、物騒なものではなくて!彼は枕元に置いた足袋にその人の欲しいものを入れてくれるんですよ!!とても親切な方なんです!」
「ほんとか?何でも?」
「うーん、どうなんでしょう。私は悪い気がするんでまだ大それたものは頼んだことがないんですが…今までは新しい櫛や、鏡や、欲しかった巾着をくれましたよ!」
「いいなあ!オレも今年は置いてみよう」と平助が自分の欲しいものについて千鶴と盛り上がる。
「普段は飲めないような酒とか、代えの刀とか…」
「数日前から枕元の足袋に欲しいものをかいた紙を入れておかなきゃだめですよ。…でも今年は私がここに移ったってサンタさんわかるかなあ…」
 わかっても千鶴の寝所に忍び込むことは相当な困難ではないか。
 そう話しこむ平助と千鶴から少し距離をとって原田、沖田、斎藤は小声で話す。
「なあ…千鶴の所に毎年来るその『心太殺す』って…」
「十中八九、綱道さんだろう」
「じゃあ今年は来れるわけがないよねえ、行方知れずだし。…いつまでも贈り物が枕元に来なければ千鶴ちゃんはさぞがっかりするだろうねえ」
 言ってることとは裏腹に、いつもどおりの笑み―いつもより若干輝いている気がする笑顔だ―をした沖田を見て原田と斎藤はため息を吐く。
「期待しているのに外しては可哀想だ。今年は俺たちがその『心太』とやらの代わりをしてはどうか」
「おおっそりゃいい案だ。そうしようぜ」
「二人とも優しいなあ。仕方ない、僕も一肌脱いであげよう」
 落胆する千鶴を見損ねるならせめて事態で遊ぼうという沖田、兄貴肌を発揮した原田と斎藤による『サンタ同盟』はこうして出来上がった。
 目的は、千鶴の今年サンタに頼んだものを綱道=たぶんサンタに代わり用意すること。
 千鶴は果たして何を望むのか。

師走に入ってしばらく経ったある日、原田からその報はもたらされた。
「千鶴がついに『心太』に頼むものを決めたらしい」
「それは一体どのようなものだ?」
 入手に時間のかかるものやあまりに高価な物の場合、早めに千鶴の求めるものを掴んでおく必要がある。
「肝心のそれが教えてもらえなかったんだよ」
 原田は直球勝負で訊いたのだが、「サンタさん以外には内緒なんです」と千鶴の態度はかたくなで、平助づてで聞いてみると「今年はすごく難しいものを頼もうか、迷っている」と言っていたのを最後に教えてもらえない、という結果だった。
「それでは用意のしようがない」
 その件を置いて隊務に戻ろうとする斎藤に沖田が言う。
「探ってくればいいじゃない。一君得意でしょ?」
 つまり、千鶴の部屋で頼む物の名が書いてある紙を探せ、ということだ。
「何を馬鹿な、婦女子の部屋に留守中忍び込むなど…」
「ああ、千鶴ちゃん悲しむだろうな。お父さんとは生き別れ、『心太』にまで見捨てられ…」
「………」
 葛藤する斎藤を見かねて原田が助け舟を出した。
「仕方ねえ、いっちょ俺が行ってくるからお前らは千鶴を外に引き止めてくれ」
「…了解した」
「なんだあ、面白くない。左之さんは人がいいんだから」
 千鶴の部屋に忍ばなくてもいい事になった斎藤は安堵し、洗濯物を干している千鶴に話しかけ、長く物干し場に引き止めた。
 頃合かと思うところで話を切り上げ、原田を探す。
 庭の隅にいた原田は申し訳なさそうに斎藤を見た。
「すまねえ、行ってきたんだが…足袋の中に紙がなかったんだよ」
「…つまり…」
「夜でなきゃ入れねえんじゃねえのか?」
「…………」
 夜、千鶴が寝ているときに枕元まで歩み寄り、足袋の中の紙を取る必要がある…。
 下手を打てば夜這いと勘違いされるだろう。
 げんなりして斎藤は原田を見た。が、今度は首を横に振られる。
「今夜は俺のとこが市中見回りだ。…悪いが、お前と沖田で探ってきてくれ」
 一人でない分ましだろう、ため息を吐いて斎藤は了解した。
 深夜―、斎藤と沖田は気配を消して廊下を歩む、目指すのは千鶴の部屋。
 襖を静かにずらして忍び入る。
 月明かりが室内に落ちたが、千鶴は眠ったままだ。
 これなら大丈夫だと、沖田が先陣きって中へと入る、それに続いたわけだが斎藤はいつになく胸が苦しいと感じていた。原田の様に市中見回りならどんなに良かったか。いっそ死番の日でもこうまで動悸を感じることはなかったのではないかと思う。
 忍び寄って、枕もとの足袋に手を伸ばさなければならないのに、斎藤は一時、千鶴のあどけない寝顔に見とれた。
 しばらく、ここでこの少女の穏やかな眠りの見守れたら…
 動かない斎藤に代わって沖田が足袋から一枚の紙片を取り出す。
 その動きで自分の役目を思い出した斎藤は沖田と、月明かりの下でその紙片に書かれた文字を読み取った。

『かんざし』

 以外に平凡なものであることにほっとして、斎藤と沖田は来たときと同じく影のように静かに千鶴の部屋を去った。
「簪ならば町に出ればいくらでも手に入る。後日、三人で選びに行こう」
 難題ではないことに胸をなでおろしているのだろう斎藤を、沖田は目を細めて見つめた。
「…少し、気にかかるなあ」

 翌朝、斎藤と沖田から成果を聞いた原田は豪快に笑った。
「なんだ、結局は簪だったのか。千鶴も女の子だもんな」
 今日は朝から千鶴連れの見回りだと斎藤が席をはずした後で沖田が原田に耳打ちする。
「左之さん、そのことなんだけど…」
 沖田は昨夜千鶴の部屋に忍んだ際、屑籠に大量の書き損じを見た。
 簪を頼むのになぜそんなに書き損じるか腑に落ちない。
 原田と二人でちり紙屋に引き取られる前の屑紙を堰き止めて見聞することにした。
「この中から、千鶴の書いたのを探すのか…」
「結構たくさん書き損じてたからね、すぐに当たるさ」
 帳簿のつけ間違い、土方の俳句の失敗作、隊士の出した諸々の書付…その中で墨で真っ黒にされたものが十何枚も出てきた。
 不振に思い、陽に透かしてみる。
 初めに文字が書かれた箇所は後で塗りつぶされても色が濃くなって、透かせば元の文字が判読できた。
 丸みを帯びた千鶴の筆跡が真意を語る。
『斎藤さん』
 恥ずかしくなったのか後には『〜の首巻』とか『〜は三番組長です』等ごまかしめいた言葉が並んでいたが。
 沖田と原田は互いに顔を合わせて頷いた。

 後日、三人は町へ繰り出し、簪を取り扱っている店を訪ねた。
 だが、並べられた簪を前にして斎藤が沖田に振れば「僕はこういうのに疎いから」と言い、なら女の勝手がわかりそうな原田に訊けば「俺は千鶴くらいの娘の好みは知らねえから、お前がいい奴にしろ」と、どれが千鶴に似合いそうか全く意見を出さない。
 困った斎藤は一つ、水晶のように透き通った色合いが、あの夜に見た月明かりに照らされた千鶴に合うような気がして目に付いた硝子の野玉簪を選び取って購った。
「ついに今夜サンタさんが来て、朝になったら贈り物がおいてあるはずなんです」
 と千鶴が言った晩、用意した簪を届けに行こうと斎藤が他の『サンタ同盟』二人に言えば「まだ早い」「行くな」と言い出した。
 斎藤の知らないところで結託した二人は「朝方に」と念を押し、しかも斎藤一人で千鶴の寝所に忍んで行けと言い出した。
「何故俺ばかりがそのようなことをせねばならん、お前達も『心太』の代わりを務めるのだろう」
 その責めに原田は腕を組み。
「俺らは十分『心太』代わりを務めたと思うぜ、後はお前が簪を持って千鶴の枕元にいればいいんだ」
「千鶴ちゃんが目を覚ますまでいるんだよ。置かれた足袋に片足突っ込んでいてくれたらなお良いんだけど…わかった?一君」
「………」
 言いくるめられた斎藤は夜が明ける直前に千鶴の枕元に正座した。
 合わせた手には簪。
 よもや夜這いと勘違いされまいか、自分がサンタの代わりを演じたことがバレないか疑問でもある。
 横に置いてある足袋に入れるのではなかったか、と斎藤が首をひねっていると千鶴が目を覚ました。
「…!!!斎藤さん」
「邪魔している」
「………おはようございます。あの、斎藤さんがここにいるというのは、サンタさん絡みですか…」
「ああ、『心太』に行ってこれを渡せと言われた」
 言って簪を差し出せば千鶴の顔がほころぶ。
「…サンタさんにはお見通しだったみたいです」
「?」
 斎藤が首をひねれば千鶴は床から起き上がって簪を受け取った。
「ありがとうございます」
「礼なら『心太』に言うがいい」
「はい。でも、斎藤さんも、来てくれてありがとうございます」
 千鶴の満面の笑顔を受けて、サンタも悪いものではないと心に暖かいものが満ちた斎藤だがその後、簪を挿した千鶴にサンタがどのような様子だったか散々訊かれることになった。
 一方、足袋を枕元に置いていた平助の下にも贈り物が届いたらしい。
「なんでこんなんが来るんだよー!!」
 なんでも手の届かない高値の酒を頼んだところ、ぜんぜん別物のマムシ酒が来たらしい。
 隊士が語るには騒ぐ平助に隠れながら隅で原田と沖田が笑い転げていた、とのことだった。



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拍手してくれる方に礼をこめた結果のSS
いつまで表示させてるんだって感じでした。
しかもこっちにUPするのが季節外れもいい時期。
季節物の取扱はトホホですよ。